ベルリンで毎年行われる実験音楽の祭典”Berlin Atonal”は、今年の開催を見送りに。私は、2019年に初めて参加したAtonalの写真を見返しながら、大きなダンスフロアで、爆音のなか思いっきり踊り明かせる日が来ることを待ちわびるしかなかった。

”ニューノーマルな時代”と呼ばれることへの抵抗も無くなり、ベルリンでは徐々にではあるが、クラブイベントやライブパフォーマンスの開催も増え始めている。しかし、ベルリンで主流となっているFacebookページからのパブリッシュや招待は、警察の取締りが厳しく、昨今は、ダイレクトメッセージや、当日まで開催場所を公開しないアンダーグラウンドなイベント内容が目立ってきた。

やはり驚くのは、ベルリンで活動するアーティストたちのカルチャーに対する熱意と実行力である。そしてその中でも、アートの根を絶やさぬよう、今最も活発的で根強いジャンルが、エクスペリメンタル・ミュージックやサウンドインスタレーションである。

ベルリンといえばテクノの印象が強いが、テクノ・ミュージシャンがエクスペリメンタル・アーティストへと転向することは珍しくない。実験音楽へと没入するアーティストは、テクノ、パンク、メタル、ノイズ、時にクラシックと幅広く、無限の可能性を秘めた精神音楽のような気がする。

8月に入った頃、ヴァイオリニストのHoshiko Yamaneさんから、「re:flexions sound-art festival 2020」のコラボレーションアルバム「r/e」を頂いた。

re:flexions sound-art festival Official Webpage

「re:flexions sound-art festival」は、ベルリンから600km離れた街・アウクスブルクにて、2017年から毎年開催されている実験音楽の祭典で、このアルバムは、元々フェスティバルに招待されたアーティストたちによるリモートセッションで収録されたコンセプチュアル且つスペシャルな作品。今年は7月4日に開催される予定だったが、コロナウイルスによる被害拡大を懸念し、ラインナップを一部変更して開催されたそう。

参加アーティストは、Bu.d.d.A.(Sascha Stadlmeier&Chris Sigdell), Fabio Fabbri, Hoshiko Yamane, Agente Costura, Boban Ristevski, Occupied Head, Calineczka, Gintas K, Wilfried Hanrath, KOMPRIPIOTR, Lee Enfield, Waterflower,N​(​91), deepの13組。

ドイツで活動するアーティストたちに規則性はない。時とともに流れ、進化し続ける姿勢であることが、表現の幅を広げることに必要不可欠なのだ。

実験音楽というと日本では未だ馴染みの少ない音楽ジャンルではあるが、なんとなく実験音楽というジャンルが時代に追いつき始めたように感じる。現在、アルバムでの販売は終了している状態だが、bandcampで視聴可能となっているので、気になった方は是非聴いてみてほしい。


re:flexions sound-art festival

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words : ARI MATSUOKA

ベルリンの壁が崩壊した1989年以降、物凄い早さで急成長を遂げるこの街には、今もなお未開発の廃墟が沢山存在している。ベルリンでは新旧の建造物が共存する魅力的な街でもあるが、やはり建物自体の寿命には敵わない。私自身、移民としてベルリンで過ごした1年間のあいだにも、老朽化したアパートや建造物が惜しまれながらも取り壊されていく瞬間を何度も目の当たりにした。

最近だと、ミッテ地区にあった「タへレス」というアートハウス(スクワット)が跡形もなく無くなってしまった。ベルリンアートのシンボルだったタへレスは、2012年の閉鎖以降、建物こそ存在を残していたが、私がこの街へやってきた2019年の夏、その面影はあっという間に消えてしまった。

こうして次々と現代に均されていく中、西ベルリンの小高い山の上にあるトイフェルスベルク元スパイ塔跡地にて、ベルリンで活動するダシャ・ラッシュがレコーディング実験を行うということで現地へ向かった。

【MOLS.tv】Sounds to scape at Teufelsberg Spy Tower
photo by.DOTS Gallery Webpage

「悪魔の山」と呼ばれるトイフェルスベルクは、第二次世界大戦の爆撃で廃墟になったベルリンの瓦礫を集め、それらを積み上げてつくられた人工的な山。冷戦時代にアメリカ軍とイギリス軍が、東ドイツ、さらにはソ連の無線傍受に適しているとして、西側諸国が諜報目的でレーダーを設置した。かつては盗聴用として建設されたスパイ基地だが、ベルリンのアーティストや音楽関係者たちはその特徴的なドーム型の空間に目をつけ、新たなサウンドスペースへと変貌させたのだ。

8月16日、この日のレコーディング実験は、出演者及び関係者からのダイレクトメッセージで招待されたものだけが参加出来るというパーソナルなイベントだった。駅から会場までは徒歩で約30分、西と東が資本主義と社会主義によって分断されていた当時を思わせる、その異様なドーム型の物体を目指して山の頂上へと向かっていった。

このイベントはドッツ・ギャラリーが主催しており、不定期で建物全体を使ったサウンドパフォーマンスやインスタレーションを行なっている。

上部にあるドームは、いわば自然な放物型のリバーブチャンバーとして用いられ、何百メートルもの音響ケーブルを使用し本館1階にあるドッツ・ギャラリーの録音スペースからドームへと音楽が送られる。ドーム内へ送られた音響信号はL/Rのスピーカーで再生され、その反響音が2つのマイクで録音され1階にある録音スペースへと返されるという仕組みになっている。

光の屈折と同様、音に関しても広い空間と狭い空間では音の鳴り方が異なり、空間に存在するオブジェクトの材質などによっても変化してくる。今回着目する点は、そのオブジェクト(元スパイ塔跡地)とドームを使った反響音(リバーブ)である。ループした同じ音源にも、リバーブを加えることによって音全体の肉付きが良くなり、艶っぽい印象を与えてくれる。アンビエントやエクスペリメンタルミュージックのライブパフォーマンスを専門とするサウンドアーティストたちにとって、音響空間表現を熟知することは非常に重要なことなのだ。

写真ではわかりにくいが、大きく開いた扉の奥にはドッツ・ギャラリーの録音スペースがあり、ダシャ・ラッシュとオペラ歌手のサロミエがパフォーマンスし、観客は目の前に設置されたオリジナルスピーカーから流れる幻想的な音響空間を楽しむ。

正直かなりマニアックな実験パフォーマンスだと思ったが、観客の中にはアーティストや音楽業界で活躍する人たちの姿が多く見えた。

会場で使用される機材はほとんどが自作のもので、写真のようなカートと一体となった移動式スピーカーが左右に2台設置されていて、左側のスピーカーからは録音スペースからリアルタイムで送られる音が流れ、右側のスピーカーからはドーム内へ送られ反響して返ってきた音が流れる仕組みになっている。

Dasha Rush, photo by. MOLS magazine

この日のメインアクトであったダシャは、自身のレーベル「フルパンダ・レコード」を主宰するDJ/プロデューサーであり、アーティストやダンサーと共に劇場や映画館などでインスタレーションを開くなど、より実験的で芸術的なサウンドアーティストとしても活動している。

今年はコロナウイルスの影響もあり、世界各国で音楽フェスや大きな野外イベントは軒並み中止。ベルリン市内では、未だライブハウスやクラブハウスの営業規制が厳しい状況にある中、常に音楽とその他芸術表現の融合を研究し続けるベルリンのアーティストたちの強い意志と実行力を目の当たりにした。ベルリンで活動するアーティストたちは、既にニューノーマルな時代へ突入していくこと受け入れている。寧ろ、コロナウイルスの猛威について未だ議論を交わしている人は少なく、自然環境問題や貧困国の食料不安など、更に大きなテーマについて真剣に考え訴えかけるような動きを見せているように感じる。

NASAは時々、宇宙からやってくる電波の振動を音に変換したデータを公開しており、音楽家ブライアン・イーノは天体物理学者と組んで星の内部で発生した音で宇宙オーケストラを作ろうとしている。これからの時代は、ただ流行りを追うものではなく、私たちの日々の暮らしに関係する言葉や雑音、自然音に寄り添うようなサウンドが求められるだろう。


Dasha Rush

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先日、ベルリンに住んでいて初めて湖に行った。

その日は6月だったけど気温は31度と夏日のようで、人生で初めてタンクトップ一枚で外へ出掛けた。逞しい二の腕をしているので、これまでキャミソールやタンクトップで周りの目を気にせず外出出来る人が羨ましかった。でも、この一年でいい意味で無駄な羞恥心も消え、他人の目を以前より気にしなくなってから、よし今だと腕を出して外に出た。たったこれだけのことなのに、私にとっては結構なチャレンジだった。海外に出てくる勇気があるのに、タンクトップを着て外を出歩けなかったなんて、ヘボくてなかなか言えなかったんですよね

電車を乗り継ぎ、湖の辺りまで徒歩も合わせて約2時間。Liepnitzseeという森の中の湖へ。

ベルリンの都心部にも遊泳できる湖は多いみたいだけど、その日は夏日。皆、きっと考えていることは一緒に違いない。小旅行気分で、1時間も電車に揺られていれば沢山の自然公園と出会える。そんなベルリンも、ようやく滞在1年目で知ることが出来たので単純に嬉しかった。

砂場に到着するなり、早速服を脱いで水着姿になる。水着で日光浴なんて、何年ぶりだろう。粒が細かい砂が指の間をさらさらと抜けて、10歩先の湖では水飛沫がキラキラと反射していてとても涼しそうで。

夕方5時頃、しばらく日光浴を楽しんだあと、水温が低くならないうちに泳いでみようよと湖に向かった。水は冷たかったけどめちゃくちゃ気持ち良くて、でもあっという間に足の届かない場所まで来てしまって、ビビリな私は岸の方でプカプカと浮かんでた。背中を水面につけて、空を見ながらただ漂うだけだったけど、自粛期間も少し明けたところ、いいリフレッシュが出来た。

多分20分くらいはプカプカ浮いていたと思う。体が冷えたところで再び砂浜に戻って、ただ横になってぼんやりする。紛れもなくバケーション、小学生の夏休みのようなひと時だった。

特にオチがないただの日記だけど、こんな感じで何も考えずに日帰り旅をしたことが嬉くて。

夏の時期にベルリンに来ることがあるなら、是非湖にピクニックもプランに入れて欲しい。日本の家族が来た時には、是非連れて行ってあげたいと思った。

ベルリンで活躍する音楽家Makoto Sakamotoさんの新しいアルバム「Reflection」が8月にカセットテープ及び、AppleMusic、Spotify、SoundCloud等のサブスクリプションにてリリースされた。まだ実際のパフォーマンスを拝見したことがなく、ファーストインプレッションとなる。


先ず、最近カセットテープが再熱している件について少し話したい。

やっぱりデジタル音源もいいけれど、アナログ音源として実際に物質として残すことは、本来人間が好んでやってきた「記録する」という習性に習っているように感じる。個人的には、今後、CDは衰退する、もしくはMDのようにこの世から無くなってしまうものだと思っている。そもそもCDというものは、標準44.1KHz/16Bitのデジタル音源であって、それをわざわざPCにダウンロードして聴いているような人ももはや居ないに等しい。物質として手元に残すのであれば、私はVinylやカセットのような、少々聴くのに手間がかかるものを選ぶかな〜とか考える。

アナログのいいところは、試聴者側が音を鳴らすまでの「所作」にある。

カセットであれば、透明のビニールカバーをチーッと剥がして、今や持っている家庭も珍しいだろうカセットデッキに挿し、暫くのリール音の後に続く音に耳を澄まして聴く、この一連の所作に愛着が湧くのだ。

そもそも、カセットテープはチープな音がするという言葉に少し疑問を持つときもある。カセットテープは、レンジ(音の帯域)がデジタル音源に比べると狭く、中音域にエネルギーが集中しているので、音に広がりが感じられにくいという部分はある。デジタル音源に比べ、収録できる周波数に限りがある分、その中でどれだけ空間を集約させるかに、昔のアーティストや音楽家は一生懸命考えたんだと思う。

“音の良し悪し”は、単に数字で測れるものでもなく、肌や匂いなど、五感を使って感じられるものがあるということに気づくことが出来れば、もっと面白くなるのになと思う。


「Reflection」に収録されている楽曲について、実は本人より事前にこのアルバムのコンセプトについて話を伺っていた。ただ、完全に個人の意見になるが、特に印象的に残ったシーンをタイトルと一緒に、今回は解説ではなく、考察していきたい。

1.「I Hope You’re Feeling Better」

先ず「Reflection」の全体を聴いて初めに感じた印象は、宇宙空間のような壮大でスピリチュアルなものというより、どこかパーソナルで、郷愁のようなものだった。

「I Hope You’re Feeling Better」の冒頭、目を瞑ると見えてくるのは、ノスタルジックな色合いに染まった風景で、靄がかった草原や浅い川が見える。人の気配も感じられず、ただグレーでスモーキーな風景が広がっているだけ。

途中から、ふと、人の気配を感じるのは、一台の小さな白い車が、ただ真っ直ぐで平たい道を走ってゆくのが見えたから。それまで気配のしなかった様子から、もっと感覚を集中させると、徐々に辺りの濃淡は薄まり、遠くで1軒の小屋が見えたり、鳥が数羽、浅瀬で水を飲んでいたり、徐々に視界がひらけてゆく。

冒頭1曲目から13分というとても長い楽曲だが、1曲目にして、このアルバム全体のエピローグ(物語の結び目)を表しているようで、アルバム全体の重要なテーマを訴えかけてくるように聴こえる。曲の始まりと終わりで、少しの余白というか、敢えてホワイトノイズのような音が流れる。まるでVHSをビデオデッキに入れた後のほんの少しの”ポーズ(休止)”みたいだ。1枚の写真を見て、そこからある程度のストーリーが把握できるように、「I Hope You’re Feeling Better」は作品全体の回顧録なのだ。

そういえば、アナログレコードに関して、外周を使う1曲目の方が音質的には有利であり、音楽の情報量は時間あたりにトレースできる溝の長さに比例するので、外周の方が音質は良くなる。だからアナログレコードは1曲目が最も推したい曲である、という話を思い出した。

2.「Reflection」

続く、2曲目にアルバムのタイトルでもある「Reflection」。1曲目で早速、このアルバムの核の部分を見たような気になったので、ここからようやく物語のページをめくっていく感覚だった。

この曲では視点が変わって、部屋の中で眠っている最愛の人の息遣いや、体温を感じる。シーン全体を捉えるというよりかは、ズームした視点で、肌質や髪の柔らかさを間接的に触れているような感覚だった。シルクのカーテンの奥で反射して、眩しいけれど、その先に、愛おしさや尊さを感じ、相手を想う。シンプルなピアノのメロディーが穏やかで、その音が何層にも重なり、輪郭がぼやけてゆく様子が視覚化される。この曲を聴いていると、母親や父親から優しく撫でられながら眠りについた幼い頃の記憶が蘇る。きっと親にとって子は、光のように尊く繊細な存在であり、無償の愛を注げる形のある命なのだと語りかけてくるかのように。

3.「You Are Thinking About Yourself」

前2曲と比べ圧倒的に短く、時間の速度が違って見えた。まるでフラッシュバックしているかのような断片的な記憶が幾重となく繰り返され、そして、もう戻ることはない違うステージへ進んでいくようだ。

2分30秒という時間の中で、これまでの2曲は1シーン限りの断片的な物語に見えていたものが、3曲目で一気に形が交ざり、”浄化”されていき、そして現在・未来へつながっていくようなそんな気分になった。体感速度ではとても早く感じるが、恐らく、時間の経過は曲の時間に反比例し、とても長い年月を集約したものを表しているように思えた。

4.「Will Soon Calm Dawn」

ここまでで、自分の心拍数が少し荒々しく、やや乱れていることに気付く。

このアルバムを聴いて感じたことは、収録された全ての曲を最初から最後まで通して聴くと柔らかな曲として聴こえるが、一曲一曲はとても重く、静寂の奥にある違和感と緊張感にはっとする。安心と不安、私たちは常に両方を求めている。

音楽とは、私たちが想像するよりも、もっと形をなくすことも出来れば、あらゆる形にだってなれる。そんな道しるべを見つけたように感じて、この自分の異変にも納得がいくような気がした。

「Will Soon Calm Dawn」では、過去の記憶から覚め、冒頭1曲目で見た同じ風景が見える。広い草原や浅い川は以前よりも明るく澄んで見え、身に纏った洋服の裾が風にそよぐ。霧は遥か遠く、初めにいたあの頃からは随分と時間が経ったようで、もしかしたらほんの数分前のことだったのではないかと、やや寝ぼけた様子で考えているように見える。

5.「See You Again」

私はこのアルバムを通して、これまでの過去の音楽で培った感性は捨て、ありのまま、素直に感じるままに書いてみようと思った。この考えを持って「See You Again」を聴くと、1曲目と4曲目、2曲目と5曲目の印象が少し似ているように感じる。

1曲目に初め感じていたエピローグという表現も個人的には好きな考察だが、「I Hope You’re Feeling Better」が過去で「Will Soon Calm Dawn」が今ある風景、「Reflection」が幼い頃の記憶で「See You Again」が大人になった今の自分が見ている景色。前に見た世界はもうそこには無い、けれど、たしかに”存在はしていた”。目の前で容赦なく起こることや、それに触れた瞬間の驚きを、そのまま音で表現することはできるか。世界の豊かさと素っ気なさをどれだけ表すことができるのかと、つい哲学的に考えたくなってしまうが、もしかしたら私が思っている以上に軽く、ソフトな曲なのかもしれない。

6.Yoin

「余韻に浸る」「余韻を感じる」という言葉があるように、余韻とは、人が感動することによって生まれるものだ。映画のエンドロールを最後まで観るタイプの人であればより理解してくれるだろう。決して暗い音楽ではないはずなのに、どこか陰鬱な、そんな印象をほのかに残して去ってゆく。

このアルバムの終わり方はロシア映画によく似ている。カラーとセピア色の映像が交互に映し出されるシーンに規則性はない。私は、私の思う、完璧なロケーションで、敢えて爆音でブリコラージュしながら聴きたいと思った。

アルバムとは全ての曲を通して聴くものであり、最近の人たちは通しで聴かなくなってきたように感じる。プレイリストではなく、アルバムを通して聴いてほしいという、そんな思いを感じた。

sound – MAKOTO SAKAMOTO
SoundCloud – @makotosakamotorecordings
BandCamp – makotosakamotorecordings.bandcamp.com
YouTube – www.youtube.com/channel/UChpfxZCYCFZjHOussOjdTRg

先日、ベルリンに来た友人が「逞しくなったんじゃない?」と声を掛けてくれた。ドイツに来て2ヶ月が経ち、早速大阪にいた頃の友人に会えた嬉しさと、どこか今まで肩の力が入っていた部分がするっと解れたことで、単純だけど泣きそうになった。

正直、既に何回か日本に帰りたいと思ったこともあるし、自分がなんのためにベルリンへ来たのか軸がぶれることが何度もあった。本来はアイスランド音楽が好きで、ドイツを選んだ理由は「過ごしやすさ」と「夢の実現のための通過地点」で選んだ土地だった。ベルリンのカルチャーも勿論大好きで、暮らすのであれば、現地のリアルな音楽シーンやメディアアート分野ももっと知りたいなと思っている。だけど、本来の自分のなりたい人間にそう簡単にはなれないわけで、その中で何を優先すべきか選択する場面が重なると、あれ?自分って何の為にベルリンに来たんだっけ…と、目的を見失いがちになる。お金も維持しなきゃいけないし、暮らす為には必要な手続きもしないといけない、言語も勉強しないといけない、人間関係も新たに構築したい、今まで日本にいたままだと全て「面倒臭い」と後回しにしていたことを今は一つ一つ道筋立てて継続していかなければいけない。改めて、私はとてもいい機会に海外に来たんだなと思い、泣きながら、失敗しながら、時間や経験をお金で買っている状態なんだと思う。

1年後の自分を覗いてみるけど、まだ薄くベールを張ったまま全貌は本人でわからず。ただ、日本にいる頃から「ああなりたい」「これがしたい」と言っていることは一つずつでも叶えてきているので、これからも定期的に今までの自分の行動をブラッシュアップして整理していきたいなと思う。

題名の話は後半に回すとして、昨日は日本にいる時から憧れていたKana Miyazawaさんのお仕事に同行させていただき、あるメディアの取材風景を見学いたしました。前日は変に緊張してしまい、軽いアシスタントなだけなのに何かをシュミレーションしながら、変に構えていました。結果、当日の現場では終始和やかなムードで、ビールを飲みながらインタビューをするKanaさんとキエフから来た「Closer」のフィメールPRのAlisaさんを記録していました。初めてのロケハンだったので、カメラマンのSakiさんの動きや、取材への姿勢を目の当たりにして、とても貴重な経験となりました。

題名について、私は以前より一貫して「扱いやすい」だけの女性にはならないように心掛けている。親しみやすさは、人間関係の構築には必要不可欠なものだが、女性らしさも兼ね備えながら、一筋縄ではいかない「芯の強さ」は決して失わないようにしたい。

私が憧れる働く女性は、背筋が伸びていて美しい。少女と大人の女性の中間地点にいて、だいたい「なんだか魅力的だな」と思う人って、決して「扱いやすい人」ではない。その人らしさがあって「絶対的なもの」を持っている。妥協を許さず、人としての美しいを表現できる人は問答無用でかっこいいなと思う。

今週末は引っ越し。しばらくは体力温存しておこう。

先日ベルリンで開催されていた「Performing atrs festival 2019」のパフォーミングの一つでコンテンポラリーダンス「ETHE REAL」の公演を観に行った。詳しい内容については後日記載するとして、私は初めて至近距離でコンテンポラリーダンスを鑑賞し、まるで彫刻やスカルプチュアを学んでいるような感覚であっという間の1時間だった。夢と現実の中間地点で、シーンはある男女のやりとりから始まって、夢の中で囁く悪魔の歌声、昆虫同士の食物連鎖や向こう側の世界との対話など。シーンは目まぐるしく変化していったが、初心者の私でもその世界観に入っていくことができたのでとても楽しかった。

文章にすることはまだ慣れていないので、これからしっかり勉強していこうとおもったが、コンテンポラリーダンスは理解するといった切り口で観るのはなんだか違う気もする。観にいくことはとても勇気がいったことだし、これで演者側の思考が理解できずに終わってしまったらどうしようと思ったが、恐らく今回観たパフォーマンスは観客から笑いが起きる場面もあり、まだカジュアルライクに感じたので、とてもいい公演に巡り会えたんだなと思っている。

その中で、特に気になったアーティストがStefano Ciardiという舞台音響を担当している方で、どうしても作中の音楽が頭から離れずに、執念で彼の名前を割り当て、実際にアポイントメントを取ってみた。

過去10年間、彼は演劇とコンテンポラリーダンスの世界で活動していおり、彼自身音楽活動もしていたそうなのですが、現在は舞台音響に力を入れているという。彼に「あなたの音源はどこにもなかったので、もしvinylやCDがあるのなら販売してほしい」と伝えると、「私的に音源はお渡しすることはできます。ただ、私が作っている音楽は芸術的要素は勿論、そこにドラマツルギーも関わっていないといけません。なので、音源だけで聴くことと、舞台でダンスとともに聴くということは捉え方が違ってきてしまう。他のプロジェクトとして、音源はいつか世間に公表したいとは思っているよ。」と返事が来た。

彼の考え方は非常に職人的で、さらに今度会って直接当日の舞台のことから音楽に対しての考え方など聞く機会を設けてくださるということで、ちょっとビビっていながらも、チャンスだし、また書き起こして記事にしたいなと思う。

最近海外の人と話す機会も増え、個人的にはまだまだ小学生よりも文法が汚いながらも、一生懸命に話すことだけはなんとか伝わっているみたいで安心した(笑)。ニューヨーク、スペイン、様々な方が話す英語に早く慣れていこう。

ベルリンで毎年開催される「Labour Day」と呼ばれるメーデーには、クロイツベルクにある一帯で大々的なパレードが開催されるそうで、すでに時期は過ぎているが観光がてらGörlitzer Parkという公園へ連れてきていただいた。

ここでは毎年かなりたくさんの人が集まって、公園や広場には本格的なステージやDJブースが設置され、爆音で流れる音楽とともに踊り狂う群衆で埋め尽くされるそう。

ただ、このパレードも年々変わってきている。毎年規模は縮小され、警備もさらに強化され、昔より騒音問題に厳しくなった分、以前のような「クレイジーさ」は無くなってきているとのこと。

クロイツベルクの街並みを少し散歩しただけだが、至るところで建物の解体作業や建設が進められており、物価が上がってしまった影響で有名なクラブハウスやライブハウスが次々と閉店したり、移転している場面が多く見られる。昔からここで暮らし、音楽が好きでこの国を選び移った人たちは、「やばいことになっている」と口を揃えて言う。

以前と違って、パレードが商業化してきていることには間違いなさそうだ。

なんとなくこういう話を耳にすると、私たち移民のせいなのかなと、全く関係がないとは言い切れない部分もあり、複雑な気持ちになってしまった。

1つブロックを跨ぐと黒人がドラッグを売りさばく風景が日常的だけど、別にずば抜けて治安が悪いわけでもない。ここに来て数日しか経っていないが、恐らく今はイギリスやフランスの方がうんと治安が悪いように思える。

これからオリンピック開催による経済効果を大きく期待している日本の方が、もしかしたら「やばい」んじゃないかと話しながら、まだベルリンは平和なんだと思った。

ベルリンに到着して2日目が経過。ただ変なのか、海外へ来たと言う実感がまだ湧かず、恐らく現地の暮らしらしい暮らしもしていないからだと思う(働き始めたらまた変わるだろう)。

「note」には簡単に書いたが、ベルリンへ着くまでの道のりは決して簡単ではなかった。

ドイツICE(DB)での遅延問題/返金処理方法

https://note.mu/ari_matsuoka/n/n388316c6b6be

とんでもないハプニングで精神的にも身体的にも疲労がMAXだった私に、日本へいた頃から連絡を取っていたベルリン在住の日本人のShuheiさんから「今日は休みだから携帯のSIMカード購入やICEの返金処理の手続きなど付き添うよ」と連絡をいただき会うことに。

まだ携帯のSIMカードをGETしていなかったので、neukellon駅で待合せするにも結構ハードだったが、とても優しく迎えてくださり、まずはSIMカードの購入しに、Alexanderplatzの家電量販店まで行くことに。無難にvodafoneのSIMカードを契約し、パスポートを提示し無事に購入完了。電話番号は好きな番号を選ぶことができて、GBをオーバーすると、今後はプリペイドする方式らしい。

ドイツ語が堪能なShuheiさんと一息つくため、近くのカフェへ行き、そこからメインのICE問題を解決しにインフォメーションまで。こっちの役員や駅員は本当にまだベルリンに来て2日目の私にとってはかなり強者揃いで、かなり強気な態度でふっかけられるのは当たり前。日本のサービスとは全く違うというのを身をもって体感した初日でした。Shuheiさんがドイツ語で20日の経緯を説明してくれる。何度も書き直し、なんとか50%のキャッシュバック、22.45€を手に入れることが出来、達成感でほっとした(100%、Shuheiさんのおかげ)。

諦めずに何度も交渉してみると、対応が変わったり変わらなかったり、その日の気分で変わるということも身をもって感じた。

鉄道の手続きがメインだったので、ようやくここで一息Wedding地区へ向かう。Shuheiさんの目当てだった中古機材が揃う店を見に来たはずが、トルコ人が経営する小さなリサイクルショップで目当てだったスピーカーはさっき売り切れてしまったそう(奥にはシーシャが沢山並べられていた)。

諦めて、シュプレー川の奥にある「Cafe Pfortner」へ。朝は9時から夜11時まで、カフェやディナーを楽しめる「廃車バス」を改装して作られた親しみのあるお店。外はもうすぐ6月なのに12〜13℃程と肌寒かったのでホットココアを注文(2.5€)。金額もまだ良心的。写真のレンガ造りの建物とバスが併設されていて、自由に席をチョイスすることができたので、迷わずバス席を選択。Shuheiさんも「ここ来てみたかったところだったんだ」と携帯で写真を撮って、二人で「映えるよね」とニヤニヤしながらゆっくりお茶をした。

日本の広告と大きく違う点は、「公的な広告が多い」というところ。日本だと有料広告ばかりで気が滅入ることが多いが、ベルリンではパーソナルなイベントポスターだったり、民間で制作しているポスターが多く、ただデザインのスオリティがどれも高く、歩いてみて初めて知るイベントやポップアップが多い事に気づく。ここでは、自分から足を運んでコミュニティを広げない限り生まれないものが多そうだ。

私の「WEEKDAYに行きたい」というわがままで、Neue Schönhauser通りにあるWEEKDAYへ。ここは2015年、前職eイヤホンでドイツ視察に来た時に通った場所だ!と、なんだか嬉しくなりながら、ここでは10€の安いニット素材のタンクトップを購入。

「ちょっと変わった建物を見せてあげるよ」と次に案内してくれたのは、まだドイツが西と東に分断されていた頃に建てられたであろう老朽化が進んだ建造物。窓は割られて無くなっているのか、それとも元から無いのか、やけに周りの建物が綺麗に建て替えられていて、余計に存在感が際立っていた。

「軍人はみな殺人鬼だ」と書かれた壁に、ウォールアート。ベルリンは毎日忙しなく変化し続けているし、ここ4〜5年でも随分と移民が増え、建物も次々と取り壊されているらしい。この建物が無くなってしまうのももしかしたら時間の問題かもしれないなと思った時、持ってきたFUJIのカメラで景観を映した。

やっぱりみんながみんな、ドイツが好きで住んでいる訳ではなく、何かしら理由や事情があってこの街に馴染もうと一生懸命に行きている人も多い。私自身も、ドイツに来たからといって毎日遊んで終わる1年にはしたくないし、友人からは「羨ましい」と声をかけられる事も多いけど、きっとこれから3年、5年、いや、もっとそれ以上の年月をかけてようやく「なんとなくこれでいいのかな?」になるんだと思う。

初めて食べるベルリンでの晩御飯は、カリーブルストでもなく「ファラフェル」というベルリンでも有名なヒヨコ豆のコロッケをサンドしたアフリカ・スーダンの料理。「Sahara Imbiss」はイートインも出来て、何よりスタッフがチャーミング。

「どこから来たの?」という問いかけに「日本」と答えると、「僕もそうだよ!」と言われた事がクスッと来た。

ファラフェルは、近年のヴィーガンブーム(多国籍文化のため)によりとても人気があって、かなりボリューミーなのにたったの3€ほど。

分かってはいたが、食べきれなかったので、ここで初めて「ein packen bitte(包んでください)」というドイツ語をShuheiさんに教えていただいた。今後、かなり使うと思う(笑)。

ベルリンは夜21時を回っても薄暗い程度。行動時間にゆとりが持てる分、つい時計を見ることを忘れてしまうほど。

最後に「さくっと飲みに行く?」ということで、行きつけのお店に連れて来ていただいた。私が知り合った方には、いつも「行きつけのお店に連れて行ってください」とお願いする。

「nathanja und heinrich berlin」は、Neuköllnのいわゆる飲屋街から1ブロック外れにある、地元民で賑わうバー。水曜日の21時過ぎでこの繁盛ぶり。ここでようやく初ビール、昔ながらの南ドイツビールが冷えていて美味しかった(※ドイツのビールは常温で出るというのは違って、ちゃんと冷えてました)。

そこでShuheiさんの友人2人がたまたま合流し、4人でお酒を飲むことに。

それぞれのバックグラウンドは分からなくても、とても話し口調が魅力的で、またベルリンに来て2日目の私にも親切にしてくださった。この街の飲食事情や、昔遊びに行ったローラースケートイベントの話等、話し込んでいるうちにあっという間に23時に。

携帯の電源が残り1%しかなかった私(相変わらず懲りない)に対し、とても丁寧で分かりやすい手書きの地図をレシートの裏に書いてくださったMisatoさんに感謝。無事に迷う事なく帰る事ができました。

とても充実した1日で、帰ってすぐに伯母に嬉しかった事を報告。

まだ家探しや仕事関連も、やらなきゃいけない事が山積みのなか、一息ついてベルリンの楽しい、を教えてくだささった先輩方に感謝します。

やっぱり、仕事ができる人って「遊んでる人」だなと、改めて実感。異性間の遊びとか、そんな軽い話ではなく、体が丈夫で、休みの日も何処かに出かけていたり、ショートスリーパーでも平気な人。私の周りにはそんな30代、40代の方が沢山いて、毎日刺激をもらっています。