Raum – 余白と”余韻”に人は何を想うのか – 第二弾:後編(インタビュー後日談/考察)

5月29日金曜日、ベルリン在住アーティストの菅原圭輔による11分間のアート映像作品「Raum」のオンライン上映会が行われ、本日、彼のウェブサイトより一般公開された。 【外部リンク】Keisuke Sugawara Web 【外部リンク】Keisuke Sugawara Webpage 前回、第一弾として「Raum」について幾つかテーマを抜粋したプロローグを執筆させてもらった。 【外部リンク】Raum – 余白と”余韻”に人は何を想うのか – 第一弾:前編(プロローグ) 今回第二弾ということで、本作上映後、特典映像として携わった時のアフタートーク全文と、本編についてのレビュー&考察について話していきたい。 まずは、菅原圭輔とのアフタートークの様子を紹介。 Raum in Conversation Keisuke Sugawara × MOLS ー まず、「Raum」という名前の由来とは? Keisuke : 「Raum」はドイツ語で「部屋(room)」という意味で、閉ざされた空間やスペースを人の心の中とイメージして制作したんだけど、なんかその限られた空間の中にいる一人の人物にフォーカスをあてたくて。だからこの題材でフィルムを制作しようとした時に、自然とこの名前が浮かんだんだよね。英語でも日本語でもなく、ドイツ語の響きや表現がぴったりだと思ったからかな。 ー Keisukeが作品を作るうえで、どのような場面からインスピレーションを受け、それをどのようにして作品に落とし込む? Keisuke : 割と自分の体験に基づいて印象に残っている風景や経験が沢山自分の中に残っていて、一つの作品を作るときに、その引き出しの中から摘んでイマジネーションを膨らましていったり、その物事から派生する物語と結びつけたりするかな。 例えば今回の作品でいうと、真っ白な部屋という風景と、一人の女性が椅子に座っている風景を頭の中でイメージを結びつけたりして、時にその情景に近い記憶をコラージュしながら作り上げていったな。ぼんやりある風景に対して、なんかこの小説の雰囲気が僕が見たあの風景と似てるとか、この音楽が頭の中にあるイメージにぴったりとはまるとか。元は多分その輪郭がぼやけたイメージや感情とかからインスピレーションを膨らましているね。 ー 本作のキャスティングについて、神嶋 里花さんを主演として迎えた理由は?また、普段作品を作るうえで人選に拘りはある? 今回に関してで言えば、作品の登場人物に対して既に自分の中でイメージがあって、表情や話し方、彼女自身が持つオーラが作風とマッチした、ということが一番の決めてだったよ。彼女からは、少しあどけなさも感じられつつ大人の女性のような魅力も感じられて、理想通りの女優さんが見つかったと思った。 なんか、僕は人の”目”が凄い好きで、ちょっ話が逸れると、ベルリン・アレキサンダープラッツ駅付近にある「ALEXA」に、眼球の写真を撮ってくれる場所があるのは知ってる? ー そんなサービスがあるの?! それは個人的にも知りたい... そうそう、本当に眼球だけを撮影するんだよ。しかもA1サイズくらいに引き伸ばして印刷してくれるらしい。それが凄く気になっててね。自分の目の写真が部屋に飾られているのは少し気持ち悪いなと思うけど(笑)。 人の目には沢山の情報があると思っていて人種によっても眼の色は様々。黒や茶色、それから青や緑。ここベルリンに住んでいると、様々な人種の人たちが暮らしているから、特徴のある目を見るとスーッと引き込まれるというか。今作の撮影の中で特に面白かったのは、主演の里花さんに目を閉じてもらって、開く瞬間に黒眼の部分が一瞬ピントを合わせる為に開くんだけど、その瞬間って肉眼ではなかなか確認できないし、カメラ越しでハッキリと見えた時は凄く引き込まれたな。 ー 映像作品を作るなかで「音楽」は密接な関係にあると思うけど、今回楽曲として選んだMakoto Sakamotoさんの「Yoin」を選んだ理由は? 2019年8月にMakoto Sakamotoさんの「Reflection」というアルバムがリリースされたという連絡があって、聴いてみたのがキッカケだったかな。全体を通して自分の好きなアンビエントでどこかドロッとした印象を感じて、アルバムを通して大好きで。その時から「Yoin」というタイトルが頭に残っていて、ピアノの音が反復されていく様や、序盤は静かに始まって、空間に溶け込んでいって、7分間の楽曲だけどその後もずーっとその場の空間を支配するというか。展開の少ないメロディーだけど、今作と凄くマッチするなと思えるような、運命的な出会いだったんだよね。 この作品には「ゆっくり、だけど確実にー」という一つのテーマがあって、作品説明にも載せてるんだけど、視覚的には淡々としなながらも、得体の知れない何かに動かされるような不穏さや違和感のようなものを感じたり、その”不穏さ”がこの楽曲と重なる部分を感じたかな。個人的には映像とあてはめた時にどちらも潰しあっていなくて、映像が楽曲のイメージを壊すことも無ければ、その逆も無く、絶妙なバランスでリンク出来たかなとは、編集を終えて通しで見た時にそう思ったな。あとは、単純にこの曲が好きだからかな(笑)。 ー 最後に、今後も映像作品を作っていきたい? 映像は今後も撮っていきたいなと思ってる。やっぱり舞台って空間が決まっているし、シーンを切り替えたくても「暗転」って言って照明を暗くして展開をもたせるくらいしか方法がないんだけど、映像って急に違う場面に飛んだり、時空を自由に操れるから面白いなと思うかな。 今後映像作品を作っていくという工程は、今まで自分がやってきた活動と離れていないなと感じるから続けていきたいなと思うし、あまりフィルムという部分だけに拘らず、映像作品は撮りたいな。もっと日常に寄り添った作品や、台本があって、今作よりも長いストーリーも撮っていきたい。その前に、ベルリンの街並みや風景を記録していきたいな。そういうミニアルなものは定期的にシリーズ化していって、「Raum」のようなストーリーのある作品も今後はチャレンジしていきたいと思っているよ。 ここからは、筆者による「Raum」のレビューと個人的な考察を話していきたい。 まず、全編を通して非常にシンプルでありながら、なぜ真っ白な部屋に一人女性が椅子に腰をかけているのか、一体誰に話しかけているのか、全貌が全く掴めないまま物語は進んでいく。 冒頭、彼女が話す会話の中で分かったことは、季節である。 [...]

Raum – 余白と”余韻”に人は何を想うのか – 第一弾:前編(プロローグ)

4月、ベルリンで活動するアーティスト・菅原圭輔が初の演出・監督を勤めたショートフィルム「Raum」がようやく完成したと、本人から連絡があった。 1月、コンテンポラリーダンスを中心としたジャパンツアーを控えていた彼が、もう一つの大きなプロジェクトとして新たにショートフィルムを制作するという話は、2019年の時点から聞いていた。 Christina Dyekjærと一緒に主催する ”mellem to” プロジェクトで彼と出会って以降、彼の作品からは「生きるということ」そのものを問い、何度も反復して投げかけてくるほど強烈なメッセージを感じていた。何故なら彼自身、その意味の原型について深く知り尽くしていて、また、多くの人がその問いについてあまりに悲観的すぎることも知っているのであろう。 公開まであと三日、今回は二部構成にわたって、彼が手掛けた「Raum」について紹介・レビューしていきたい。第一弾は、「白い部屋」と主人公の「心理」にまつわるプロローグについて。 「Raum」という名前はドイツ語で「部屋」を意味し、作中に出てくる真っ白な部屋に、女性が一人椅子に腰掛けているシーンから始まる。彼女の身に纏うワンピースのセンスと対比して、瞳はどこかあどけなく、ちょうど少女と大人の間(はざま)にいるように感じた。 シンプルで飾り気のない退屈な部屋に腰掛ける彼女の表情はどこか不自然で、会話の中に出てくる街中の風景や人々に対してどこか冷めた印象だった。 作中、彼女は、淡々と目の前にいる”誰か”に最近あった出来事を話す。内容は至ってなんでもない日常のようにも感じるが、真っ白な部屋が、まるで彼女の世界から色というものを消し去ってしまったかのように見えた。 もし、世界から色が消えてしまったら。色の持つ感情への作用は強い。 朝、目が覚めた時に見る日差しが外で見るよりもずっと柔らかい琥珀色だということや、長い冬を終えたあとの新緑が、想像していたよりもうんとみずみずしい萌木色であることを教えてくれる。色というのは、ただ単に物質の特長を捉えるだけでなく、温度や触感までもイマジネーションさせる。 色を無くしてしまった時、私たちはただ、背後からゆっくりと忍び寄るなにかに怯え、昨日と今日を往来するだけの日々を過ごしてしまうのかもしれない。そう、彼女が話す風景の中には色彩が感じられなかった。 彼の舞台作品「mellem to」に同じく、今回の作品の登場人物に共通している心理課題はリフレクションにある。 リフレクションとは、簡単に言えば、ある経験をピックアップし客観的に経験を振り返ることを意味している。例えば、過去の失敗を振り返るときに、自分を責めたり他人のせいにしたりしていると、適切な学びを得ることができないように、冷静に客観性を持って振り返ってこそ、成長につなげることができる。リフレクションにおいて最も大切なことは、過去からの教訓を得て、次なる実践に活かすことだ。 ただ、作中の彼女にはそれがまだ明確に見えていないように思える。命(生)が有限であるという事実を知っていながらも、決して自身の思惑になぞらない出来事に、私たちは時として困惑し、無意識に思考と言動に矛盾した行動を取ることがあるのだ。 中盤に差し掛かり、だんだんと彼女の言動に違和感を感じ始めたとき、彼女が”あなた”と呼ぶ、花瓶を持った男性が登場する。彼女の思考と言動のちぐはぐが繊細で緊迫した空気を作り出し、事態はゆっくりと、でも着実に忍び寄ってくるー 今作で最も印象に残ったシーンは、クローズアップされた女性の瞳だった。 コンテンポラリーダンスを中心に劇場をメーンとしていた彼にとって、これまでは舞台全体の構図を熟知し、演者の躍動と観客のリアクションでその場のグルーヴ感を創り上げることが重要になっていたものが、今回は決められた画角の中でどのようにして躍動を伝えればいいのかを考えるのが楽しかったと言う。 主人公の言動とは裏腹に、うつろぐ眼や落ち着きのない手元をカットに取り入れることによって、彼女の奥深い過去と観客の深層心理を抉る不穏な空気感がそこには生まれていた。 また、今作で重要なエッセンスとなった音楽について、サウンドアーティスト・坂本真の楽曲「Yoin」が、作品と絶妙にリンクしていた。ショートフィルムの楽曲の多くは、風景の変化や物語の進行に合わせて曲調が変化することで躍動を与えるが、この楽曲は、目の前で起こる容赦ない出来事を抑揚ではなく僅かに針が振れる程度で変化をもたらしている。映像と音楽は、非常に重要で密接な関係にあるということを改めて認識させられた瞬間だった。「Yoin」が収録されている彼のアルバム「Reflection」については、以前考察レビューをアップしているので、そちらも是非チェックしてほしい。 【外部リンク】MAKOTO SAKAMOTO - Reflection 考察 【外部リンク】Keisuke Sugawara Website(画像をクリック) 「余白と”余韻”に人は何を想うのか。」このメッセージは、彼が創り出す全ての作品において、永遠のテーマでもあるように思う。 全編については、2日後の5月29日(金)に公開される彼のホームページから是非チェックしてほしい。 第二弾は「Raum」公開後に更新予定!! 菅原圭輔が初の演出・監督を勤めた本作は、キャストに神嶋里花、音楽に Makoto Sakamotoをむかえ、ある女性のモノローグ、その目線の先に見ているものに焦点を当てた11分間の短編アート作品である。 余白と”余韻”に人は何を想うのか。 *本ストリーミングは本編と特典映像を合わせた限定公開。 ------------------------------------------ タイトル:Raumキャスト:Rika Kashima http://www.anore.co.jp/rika_kashima/ Keisuke Sugawara https://www.keisuke-sugawara.com/ スタッフ:演出・監督 - Keisuke Sugawara助監督・編集 - Miho Yajima撮影 - 平野 [...]