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  • イギリスのインディペンデントカセットレーベル「INDUSTRIAL COAST」が発信するアンダーグラウンド

    身の回りにあるものがどんどんアナログからデジタルへ以降されていくなか、2017年頃より再びブームになっているものが”アナログ音源”だ。 特にヨーロッパの人々は、未だに愛車のカーステレオでカセットテープをたしなみ、お洒落なカフェでは有線ではなく、店員がセレクトした聴いたことのないガレージバンドの曲がレコードプレイヤーから流れてくる。いわゆる、Apple MusicやSpotifyのようなデジタルコンテンツはあくまで”試聴用”として利用し、気に入った音源はフィジカルとしてコレクトする。 「アナログのいいところは、試聴者側が音を鳴らすまでの ”所作” にある」と、以前MAKOTO SAKAMOTOのカセットアルバム「Reflection」のレビューを書きおこした頃にも語ったことがあるが、アナログを愛する人は、音楽と向き合う本当の楽しさを知っている人が多いように思う。 イギリスに拠点を置くインディペンデントカセットレーベル「INDUSTRIAL COAST」は、コロナウイルスによる厳しい状況の中でも、毎日ユニークでクールなフィジカルリリースを実現してきた。パンデミック以降もリリースニュースは絶えず、日々SNSでのポストが絶えないアクティブな姿勢は、恐らくヨーロッパで最も活動的なレーベルだったに違いない。 今もなお、カセットテープでのリリースにこだわる理由とは。アンダーグラウンドが持つ独特の魅力とは何か。 レーベルオーナーであるSteveに話を聞いてみた。 INDUSTRIAL COASTについて教えてください。 INDUSTRIAL COASTは、2018年11月に始動しました。 普段の仕事以外で何か面白いことをしたいと思っていた頃、僕はポルトを訪れ、Saturn and The Sun (Joachim Nordwall / Henrik Rylander) とJohn Duncanによるギグに参加したんだ。Joachimは、僕が「iDEAL Recordings(Joachimのレーベル)」の大ファンであることを知っていて、親切にギグ前日のディナーに招待してくれて。ディナーが終わった後、彼は僕に「君も自身のレーベルを作ってみたらどうだ?」と提案してくれたんだ。その後、イギリスに帰ってレーベルを立ち上げるまでにそう時間は掛からなかったね。 現在イングランド北部に拠点を置くこのレーベルは、僕と共に日々進化しているよ。もともとはアンダーグラウンドに活動するアーティストを発掘し、カセットテープでのフィジカルリリースをサポートする活動をメインにしていたんだけど、レーベルが成長するにつれて、世界各地で注目されるアーティストにも声をかけるようになったんだ。参加アーティストを幅広く扱うことで、まだあまり知られていないアーティストのリリースも認知されるようになるというのが目的だったんだ。 僕のレーベルは基本的にルールは無くて、自分が好きなアーティストや音楽を取り扱っているかな。ただし、政治的主張を流布するものは取り扱わないということがこのレーベルのルールかな。これまでにかなりのノイズミュージックをリリースしましたが、その他にもテクノ、ブラックメタル、コールドウェーブ、ドローン、ダブ、ドラム、ベース等、2020年11月で2周年を迎え、ありがたいことに総リリース数は100を超えたよ。 創設から約2年で既に100リリース超! 物凄いスピードですね。生産からリリース、プロモーションはSteveが一人で行っているのですか? このレーベルは僕が一人で運営しているよ。ただし、製作や印刷は専門的なスタッフに任せてるかな。 アートワークに関してはアーティスト側で用意されたデザインをレイアウトして使用することが殆どだけど、より良い商品を作るために、依頼者と密なコミュニケーションを取りながら、小さなネットワークを介して、知人のアーティストにカセットテープのデザインやレイアウトを依頼しているんだ。うちで生産を依頼してくれたアーティストは仕上がりを見てとても喜んでくれるんだ。アーティストだけでなく、購入者が受け取ってワクワクするようなものを作ることがとても楽しいね。 僕の主な仕事は、ウェブサイト、ニュースレター、Instagramページ(僕たちの唯一の広告)を運営しながら配送管理をしているよ。幸いなことに、コロナウイルスが流行する前から自宅で作業をしているから、コンピューターの前にずっと座って音楽を聴きながら仕事をこなしつつ、レーベルにフィットするアーティストを発掘する毎日を送っているよ。 アーティストの個性やカラーに合わせてノベルティーも制作してくれるなんて、小さなレーベルだからこそ出来る心配りで素敵だなと思いました。今なおイギリスでもコロナウイルスによる厳格なロックダウンが実施される中で、INDUSTRIAL COASTのリリーススピードは緩まるどころか加速しているように感じます。世界で起きている現象について、Steveはどう考えていますか? 生産に関して、僕自身、自宅から外に出て角を曲がったところにある小さな郵便局にテープを郵送するために出向くくらいで、実はそれほど影響は受けていないんだ(笑)。 パンデミックによるレーベルの売上に関しては、第一波はなんとか乗り越えたんだけど、第二波では減少している。ただ、これは予測できていたことで、世界中の人々に今一番必要なことは、自身の生活や健康を第一に優先することだと思ってる。僕たちが、自分自身の心を身体の声をありのまま受け止めるころが出来たら、きっと他者に対しても、本当の意味で思いやることが出来ると思ってるんだ。この危機的状況は、僕たち人間にとって大きな気付きになったことが沢山あったような気がする。だからこそ、僕たちのレーベルを応援してくださっている人たちには心から感謝しているよ。だからINDUSTRIAL COASTは絶対に臆しない。僕は僕自身の出来ることを全うするだけだよ。 カセットテープのみの生産に拘る理由を教えてください。 まず、手頃な価格で生産ができるというところは魅力の一つだけど、何よりカセットテープが非常にファニーで優秀な一つの広告だということ。君だって、手のひらサイズに収まるアートワークやジャケットデザインを手にとって眺めるだけでもワクワクしない? デジタル音楽のコンテンツは沢山あるけれど、僕は新しい音楽を探すこと以外で使うことはなくて、好きな音楽を見つけたらフィジカルで手元に残しておきたいタイプなんだ。 音楽にとってアートはとても重要存在で、その逆も然り、僕たちが生産したカセットテープはその両方を楽しんでもらえたら本望かな。 2020年は一回だけレコード盤でのリリースも実現したんだ。今後も要望や企画次第ではやるかもしれないけど、今のところはカセットテープメインで拘っていくつもりだよ。 アナログはデジタルよりも冒険に富んだ素晴らしいメディアですよね。フィジカルリリースは、アンダーグラウンドで活動するアーティストにとって一つのモチベーションになるんじゃないかと思います。特にカセットテープは、ノイズやパンク、エクスペリメンタルなど、破壊的でアバンギャルドな躍動をそのままリアルに再現出来るような気がします。では次に、Steve自身のことについて教えてください。 現在、52歳。僕が初めて音楽に興味を持ち始めたのは10~11歳の頃で、当時、初めて買ったレコードは70年代後半のパンクバンドのものだったよ。 10代前半で僕はギグを始め、メタルに夢中になったんだ。当時、Motorhead、Black Sabbath、AC/DCのようなビッグアーティストが2,000人規模のライブ会場でプレイしていた頃に、全てのライブを観に行ったよ。 次第にテクノ、ドラムンベース、ノーザンソウル、C&W等、音楽ジャンルを縛ることなく自分が好きな音楽を聴くようになったかな。現代のノイズは、私が若い頃に聴いていたパンクやメタルのような反骨精神が詰まったものというよりも、より実験的な要素が強調されているように感じるね。 では、あなたの好きなアーティストを3組教えてください。 3人のアーティストを選ぶのは、なかなか難しいね! このような質問を投げかけられた時、僕はいつもThe Redskinsの名前を出すんだ。 彼らは、80年代半ばに『Neither Washington…

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  • Furozh Interview “SAY NO TO RACISM WE ARE ALL HUMAN”

    Interview: ARI MATSUOKA Date of interview: 14 July, 2020 現在、ニューヨーク House, ambient, down tempo, traps… Furozh, a producer and founder of @offthescene_ in New York, who can change the music style flexibly and make it listen like a DJ mix. New York, where divisions and disparities were revealed by the Coronal Eruption. We interviewed him…

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  • プカプカ

    プカプカ

    先日、ベルリンに住んでいて初めて湖に行った。 その日は6月だったけど気温は31度と夏日のようで、人生で初めてタンクトップ一枚で外へ出掛けた。逞しい二の腕をしているので、これまでキャミソールやタンクトップで周りの目を気にせず外出出来る人が羨ましかった。でも、この一年でいい意味で無駄な羞恥心も消え、他人の目を以前より気にしなくなってから、よし今だと腕を出して外に出た。たったこれだけのことなのに、私にとっては結構なチャレンジだった。海外に出てくる勇気があるのに、タンクトップを着て外を出歩けなかったなんて、ヘボくてなかなか言えなかったんですよね 。 電車を乗り継ぎ、湖の辺りまで徒歩も合わせて約2時間。Liepnitzseeという森の中の湖へ。 ベルリンの都心部にも遊泳できる湖は多いみたいだけど、その日は夏日。皆、きっと考えていることは一緒に違いない。小旅行気分で、1時間も電車に揺られていれば沢山の自然公園と出会える。そんなベルリンも、ようやく滞在1年目で知ることが出来たので単純に嬉しかった。 砂場に到着するなり、早速服を脱いで水着姿になる。水着で日光浴なんて、何年ぶりだろう。粒が細かい砂が指の間をさらさらと抜けて、10歩先の湖では水飛沫がキラキラと反射していてとても涼しそうで。 夕方5時頃、しばらく日光浴を楽しんだあと、水温が低くならないうちに泳いでみようよと湖に向かった。水は冷たかったけどめちゃくちゃ気持ち良くて、でもあっという間に足の届かない場所まで来てしまって、ビビリな私は岸の方でプカプカと浮かんでた。背中を水面につけて、空を見ながらただ漂うだけだったけど、自粛期間も少し明けたところ、いいリフレッシュが出来た。 多分20分くらいはプカプカ浮いていたと思う。体が冷えたところで再び砂浜に戻って、ただ横になってぼんやりする。紛れもなくバケーション、小学生の夏休みのようなひと時だった。 特にオチがないただの日記だけど、こんな感じで何も考えずに日帰り旅をしたことが嬉くて。 夏の時期にベルリンに来ることがあるなら、是非湖にピクニックもプランに入れて欲しい。日本の家族が来た時には、是非連れて行ってあげたいと思った。

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  • ”ぶつかり合う”と”こだわり合う”

    ”ぶつかり合う”と”こだわり合う”

    人生で、どれほど本気の人間と出会ってきただろう。というか、本気でぶつかり合いたいと思える人間と出会えることが、人生で一体何回あるだろう。 過去、私に対して本気でぶつかってきてくれた人は数少ない。これまで自分のことを大事に出来ず、今思うと、その人達は私以上に私のことを想い、どこへ飛んでいくかわからない風船みたいで心配で堪らなかったんだと気付く。血の繋がりのない赤の他人に対してここまで本気でぶつかってきてくれる人は、限られた時間の中でそうそう出会えるものではない。 ぶつかり合うとは、結局は相手をどれほど信じているかということ。 ”ぶつける”と”ぶつかり合う”という意味が混在しているうちは、なかなか人とのコミュニケーションも難しく考えてしまいがちだ。感情に任せ、ただただ破壊的にぶつかることは簡単でも、それでは相手との関係を築くことは出来ない。その場ですぐに結果が出ない場合が分かっていても、流動的にものごとをポジティブに捉えることが出来、相手とのこれからを見ていきたいと願うのであれば、建設的にぶつかることが出来るだろう。 これらは、私にとって一番避けてきたことであり、人とぶつかり合うなんて怖くて出来ないと思ってしまう性格だ。 では、言葉を変えて”こだわり合う”だとどうだろう。 ぶつかり合うよりは、こだわり合うと捉えた方が随分と気が楽になった。関係を一度も壊さずに大切にできれば一番いい事なんだけど、一度壊れたものを修繕したり、強化したりするほうが、愛着を持てたり、長く愛したいと思える気がする。相手の気持ちを尊重すると同時に、自分の気持ちを尊重できることが大切で、私はもっと保身に走らず、在りたい生き方に近づけるようになりたい。 相手に対してエネルギーを注ぐことはとてもパワーのいることで、本当は面倒だし疲れること。だいたい恐れているものは、自分の思い込みだったということが多い。ただ一方通行で相手だけがエネルギーを消耗してしまうような力関係にならないように、私はもっと自立しないといけないね。相手と本気でぶつかることが出来たなら、きっとそれは自分にとっての自信に繋がるはず。

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  • 心と思考

    心と思考

    テーブルの前にノートとペンを広げて、窓越しに揺れる緑を見ながら文を書く時間が好きだ。今朝は外が曇っていて暗かった。まるで寒い冬に逆戻りしたみたいで、ロウソクの火も心なしかいつもより赤く見えた。 職業柄なかなか難しい部分もあるけど、最近iPhoneやPC等のデジタル機器から少しだけ距離を取る生活にしたところ、すこぶる調子が良くなった。まるで美術館のロッカーに荷物を全て預けるように。こうすることで初めて自分の為の自由な時間を手に入れる事が出来るので、本来自分が持っている想像力や表現を信じてあげるために時には必要なことでもあるように思う。 「今、私は何を感じているのか」。1秒1秒、溶けて色薄らいでいく感情を忘れないように、ことばを綴る。人は、一番向き合いたくないと思うことに自分の使命が詰まっている。また同じような痛みを経験してしまわないよう、感情ひとつひとつに目を向ける。意識のひとつひとつに目を向ける。 私は、私と離れる為ではなく、もっと、もっと近づきたい。そうすれば、きっと大切な人との心の距離ももっと近くなると信じている。 自然の声を聞いてみよう。静かなまま、木葉が揺れて、水が流れることはない。感情も同じ。心の声を聞いてみよう。

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  • コロナの代償

    コロナの代償

    コロナウイルスによる自粛期間の間に右耳のピアスの穴が完全に閉じてしまったので、通販でニードルを購入。すっかり身綺麗にすることを怠ってしまった代償だ。また、4月に控えていたビザ更新に関しても未だ外人局からの連絡を待っている状態のため、なんだか気持ちは宙ぶらりん、といった感じ。 歩みが遅いながらも、この期間中でYouTubeチャンネル、ラジオ番組の開設、またMOLS.incとして紙媒体のみでなく、ウェブにも力を入れようとドメイン開設をしたり、なんとか形になったようにも感じる。また、東京でライブストリーミングを定期的に開催している映像関係の友人と、同時刻でライブ配信が出来るコンテンツを計画中。また、個人的に映像制作の依頼も頂いたり、文筆ではなく、最近は裏方の仕事が多くなってきている。改めて、文章は毎日書き続けないと力がついてこないと実感したので、また、自分でアーティストにアポイントメントを取っていかなければなと思う。 最近はDark Jazzがお気に入り。たまに自分が制作した映像と合わせて聴くのが楽しい。 https://open.spotify.com/playlist/5oFEOnBu2JIAXJfnM3hwlh?si=lcxV6WnETF2u8y7XjO8CvA

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  • 髪を縛る

    髪を縛る

    髪を縛る時は気合を入れる時。短い髪をまとめて、少し痛いと感じるくらいまで縛る。昔からそうだった、私の中の気合を入れる時のルーチン。髪が短くても、縛る。試合前の精神統一や覚悟に似た感覚。来るべく時にタイミングはやってくるし、辛い時だからこそ、信念を持って、その壁の先にある道に進むための秘めた力強さを持っている自分を信じたい。女らしさとか男らしさとか、そんなことよりも自分らしさを追い求めていたい。困難な時こそ、まっすぐ正直で、全力で生きたい。自分の優しい部分、純粋な部分、全部守って、活かしてあげたい。 そろそろプロフィール画像も古くなってきたな。

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  • 感情のリフレクション

    感情のリフレクション

    最近始めたことがあるんです。題して「感情のリフレクション」というんですけど、自分自身と向き合うために、一日一回30分、自分の感情や気持ちと向き合う時間を作りました。 というのも、私は今まで自分の感情を押し殺して生きてきました。自分では自覚が無く、この歳まで自分自身の感情に蓋をしたまま、開け方が分からなくなった古瓶のように、自分の気持ちが一体どこに向いているのか、対人に対して誠実に、本音で話すということがどういうことなのかさえ分からないまま、凄く悩んでいました。 幾つか例を挙げて言えば、素直に思っている感情を表現できない。本音を言いたいのに、相手を目の前にして、声が出なくなってしまったり、吃ってしまう。ディスカッションをしていて、本音でぶつかりあわないといけない場面で萎縮してしまい、相手の顔色や動向を伺うあまり人と深く関わることが出来ない、といった悩みが今もあります。 何人かから「そういうところも長所なんじゃない?」と言われることもありましたが、なんだか附に落ちず。ああ、私は変わりたいんだな、正直に自分と向き合いたいんだなと思い、このリハビリを始めました。 方法は以下の通りです。 1. What do I feel? What’s on my mind? 自分が今何を感じているか、どのような感情が心の中にあるのか、感じて書き出す。 2. What affected me the most? どのような事象が今感じている感情を生み出したのか探り、その事象が自分にとってどのような経験だったのか振り返り、書き出す。 3. What did I learn about myself? その特定の事象が自分に与えた感情を理解することで、自分がどのような性格・特徴のある人間なのか、自分自身についての学びを書き出す。 4. What did I learn about others? その特定の事象が他人の行動に与えた影響を振り返り、他人についての学びを書き出す。 5. How will I apply this learning to my life? この自分と他人についての学びを、今後の人生にどう生かしていくのか、具体的な方法を書き出す。 2019年10月、ロンドンへ旅行に出かけた時に見かけた雑貨屋さんで、「自問自答カード」というものが売っていて、興味はあったものの、その時は買わずにその店を出たのですが、ここ最近になって「もしかして今の自分に一番必要なものなんじゃないか? 」と意識するようになりました。 実際に自分が感じた感情に、真剣に向き合ってみる。こんな時間、他の人には必要のない、至って自然に出来ることかもしれませんが、私にとっては本当に歩行器から自立する幼児のような感覚に近いのです。 実践したものを例に挙げると、前回の「感情のリフレクション」はこうでした。 1. What…

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  • 歪(いびつ)なもの

    歪(いびつ)なもの

    もうすぐ4月になろうとしているのに、息が白くなるほどの外気の冷たさに、思わず仕舞いかけていたお気に入りのマフラーを取り出した。今日は曇りのち雨。天気予報を確認したにも関わらず、決まって折り畳み傘を忘れて外出してしまった。そんな時、いつも「まあ、いっか」とずぼらな性格は、昔から治らない。 すっかり見慣れたベルリンの街、一定間隔の距離を開けながら目の前を歩く人と歩幅を合わせる。足並みが揃ったところで、つい頭の中でTHE BEATLES「Abbey Road」のジャケット写真を思い出す。まるで、先頭を颯爽と歩くジョン・レノンの後をついていくリンゴ・スターのようで、思わずカメラを取り出し、後ろ姿を1枚頂戴した。 人通りのない街の中をイヤホンをしながら歩くのが好きだ。今日はTom Waitsのアルバム「Closing Time」を聴きながら、すれ違う人もまた、イヤホンを着けているのを見かけて、その人が今何を感じてこの瞬間を生きているのかを少しだけ想像してみたりする。 14時過ぎ、友人宅でコーヒーを飲みながら窓の外を覗くと、まるで春に舞うポプラの綿毛のような大きな雪の粒が舞っていた。思わずベランダの外に出て大きく身を乗り出して空を見上げる。冷たい、というよりふわふわと肌に馴染んで気持ちが良かった。腕を虫取り網のように大きく横に振って、綿毛のような雪を捕まえる。服の裾にどんどんと積もってゆく様子が楽しくて、無我夢中ではしゃぐ私を見て、友人が部屋からタオルを持ってきてくれて、しょうがないなと、笑いながら私の頭に積もった雪を拭った。 ベランダから下を覗くと、自転車で走るおじさんの服の前だけ、雪がびっしりと積もっていて、リバーシブルになっていた。その光景に笑顔になっている通行人の姿を見て、なんだか泣きそうになった。今この瞬間全てが愛おしくてたまらなくて、全然寒くなかった。 私はなんでもすぐに感情的になってしまう。マイナスに働くことも沢山あるし、生きているうちで損することだって沢山ある。この性格で生きづらさを感じることも数えきれない程ある。ただ、人よりも感情の振り幅が大きいということは、幸せだと感じた時の振り幅も二倍だということを理解すると、「これが私らしさなんだな」と思える。 今日見たベランダからの雪は、今まで見た雪とは全然違った。歪な形をしていて、服に張り付いた結晶は潰れてすぐに水に変わってしまってずぶ濡れになった。でも私にとっては、今まで見た雪の中でもとりわけ美しかった。歪な形というのは”自然の形”なんだ。歪というのは”素朴”なんだ。降り注ぐ雪と自身を照らしわせて、ありのままでいることはどんなに着飾ったものよりも美しいことなんだと私に教えてくれているかのようだった。 結局、たった一時間で雪は止んでしまい、ベルリンの街に雪が積もることはなかったけれど、今日一日を名一杯感じて生きることが出来た私を誉めてあげたいと思った。一日一日、その瞬間に感じたことを大切に、目一杯生きる。

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  • 文を書くこと、映像を撮ること

    文を書くこと、映像を撮ること

    Screamin’ Jay Hawkins「I Put a Spell On You」を聴きながら、誰も見ていない部屋で一人、無表情のまま踊る。ここ最近の私は、いつにいなくフリーダムだ。 Jim Jarmuschを介してScreamin’ Jay Hawkinsの存在を知ったという人は多いだろう。私もそのひとりで、20代の頃、レンタルショップで何気なくDVDを借り、初めて「STRANGER THAN PARADISE」を観たときの衝撃はいまだ忘れられない。音楽を愛する人なら誰にでも、その後の人生の方向性を決定づけるような衝撃的音楽体験というものがいくつかあると思う。私の人生のワンシーンの中で「I Put A Spell On You」との出会いは、少し多げさにも感じるが、まさにそういうものだった。 どうもこの曲の意味を探ると、女に捨てられた男の”恨み節”だそうだが、その音楽をアメリカに来た異邦人であるエヴァが、テーマソングかのように部屋でかけ流しながら無表情で踊っている姿がなんだかストレンジャーで記憶に深く残っている。作中のアメリカの風景も、白黒映画にするとそこがヨーロッパの街並みに見えてしまう不思議な感覚もまた新鮮だった。 ヨーロッパ、特にドイツの風景は白と黒が似合う。そんな自身の思いもありながら、最近は簡単だけど白黒で映像を撮ってみたり、この期間を使ってやりたいことをやっている気がする。 何かを表現したり、自分が持っている感情を形にすることは本当に難しい。いや、正確にいえば、思い描くものを形にする過程で、自分が思い描く理想と、今の自分が全力を出して表現するもののクオリティー(現実)のギャップに直面し、荒くて青い、ただのオナニーのような吐き出し物を本当に他の人の前に曝け出せるのか、というところで手が、足が、思考が止まる。 アーティストとして活動している人たちにとって、日々、いかに「今この時の、ありのままの自分を受け入れ、表現できるか」という場面で戦っている。私は文章を書く人間として、先日、初めて人に自分が’作った”ありのままの映像”を公開し、その時点でひゃ〜となっている芋野郎だ。作品を生み出すということは、生半可な気持ちでは出来ない。自分の感情に正直に生きるということは、それ相当の覚悟がいるだろう…。そう思っている私にとって、心からアーティストとして生きている人たちを尊敬した。ただそれと同時に、自分も表現者(文筆)として、映像作品を作るという違った形で新しい経験が出来たことは、今後アーティストの方へ取材する上でとてもいい気付きになった。だから、今後も映像は撮り続けたい。もっとブラッシュアップできるように、ゆっくり、ゆっくり深めていきたい。 文を書くこと、映像を撮ること、表現方法は違えど同じこと。 自分の為にやってきたことが、いつか周りの為になることを願いたい。

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