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HOSHIKO YAMANE + MAKOTO SAKAMOTOに密着取材した「THE LIVE AND DOCTMENTARY FILM」の3日間連続上映が決定!

Tangerine Dreamのメンバーでありながら、ソロ名義Tukicoとしても活動するヴァイオリニスト・山根星子 (Hoshiko Yamane) と、ノイズサウンドアーティスト・坂本真 (MAKOTO SAKAMOTO) が出演する「THE LIVE AND DOCTMENTARY FILM」が、5月のプレミア公開を経て、6月25日(金)・26日(土)・27日(日)、それぞれ日本時間の0時より3日間連続で上映が決定。同時に日本版予告映像も公開された。 本作は、2人にとって約1年半ぶりとなるレコーディングの様子をMOLS magazineが密着取材・撮影したドキュメンタリーフィルムであり、彼らの気迫ある表情や圧倒的な演奏技術・手技など、ライブでは体感することが出来ないような超至近距離にまで攻めた観客にとって見応え十分なライブフィルムでもある。 2019年11月に開催された「Faahrenheit」アルバムリリースイベント以来、世界的なパンデミックによってロックダウンとなってしまったドイツ・ベルリン。以降、彼らは顔を合わせることもないまま、それぞれの出来る活動に集中し各々でリリースを続けた。 ヴァイオリニスト・山根星子は、イタリア出身のアーティスト・Eraldo Bernocchiとのコラボレーションアルバム「Mujo」のほか、自身が毎週欠かさず更新を続けたYouTube企画「Live Music Cinema」のセッションから制作されたサウンドトラック集「Sketches​」を発表。ソロ名義”Tukico”としては、カセットテープアルバム「Parallel Worlds」、CDアルバム「Primitive」、デジタルシングル「Apollo 21」をリリース。さらに、東京とベルリンを繋いだビジュアルと音楽のオンライン即興ライブ「Live Visual × Live Music online concert」の音源リリースなど、数多くのリリースを発表し多くのファンへ元気と癒しを届けた。 ノイズサウンドアーティスト・坂本真は、ソロ名義としてシングル「VELVET PROOF」を発表。彼はロックダウン中も様々なアーティストと交流を続け、ベルリン在住のピアニスト・Rieko okuda、ギタリスト・Ryusui Tatsumiとのノイズバンド「夜光虫 – noctiluca」で、カセットテープアルバム「Prelude」とデジタル「Prelude – Digital Remaster」をリリース。また、ベルリン在住のDJ/プロデューサーでレーベル”HOLIC TRAX“主宰でもあるTomoki Tamuraとのダンスユニット「TOMATO BEAM」を始動。2021年4月には、実弟・Yutakaとのダンス・テクノ・ユニット「Sub Human Bros」としてデジタルアルバム「THE DREAM THEATER」をリリースし、ジャンルという垣根を飛び越え、唯一無二のサウンドを制作し続けた。 そして2021年、再びセッションを再開した2人は、5月15日(土)西ベルリンにあるトイフェスベルク・スパイ塔にて、Teufelsberg Domecastが主催するオンラインイベント「Micro-NoiseLab 2021」でドームのナチュラルリバーブを用いたレコーディング実験を行い、それぞれの音楽が持つ特徴や関係性を再確認しながら新たなアルバム制作へ向けデベロップしていった。 誰にも真似できない彼らだけの必殺技がふんだんに盛り込まれた「THE LIVE AND DOCTMENTARY FILM」のチケットは、音楽プラットフォーム「bandcamp」にて購入可能。更に今回の上映チケットをお求めの方には、このフィルムの為に制作されたミニアルバムEP「versteckt」が同梱されます。 bandcamp配信で彼らのパフォーマンスを見ることが出来るチャンスです!みなさま、是非ご友人を誘って当日はお楽しみください! THE LIVE AND […]

イギリスのインディペンデントカセットレーベル「INDUSTRIAL COAST」が発信するアンダーグラウンド

身の回りにあるものがどんどんアナログからデジタルへ以降されていくなか、2017年頃より再びブームになっているものが”アナログ音源”だ。 特にヨーロッパの人々は、未だに愛車のカーステレオでカセットテープをたしなみ、お洒落なカフェでは有線ではなく、店員がセレクトした聴いたことのないガレージバンドの曲がレコードプレイヤーから流れてくる。いわゆる、Apple MusicやSpotifyのようなデジタルコンテンツはあくまで”試聴用”として利用し、気に入った音源はフィジカルとしてコレクトする。 「アナログのいいところは、試聴者側が音を鳴らすまでの ”所作” にある」と、以前MAKOTO SAKAMOTOのカセットアルバム「Reflection」のレビューを書きおこした頃にも語ったことがあるが、アナログを愛する人は、音楽と向き合う本当の楽しさを知っている人が多いように思う。 イギリスに拠点を置くインディペンデントカセットレーベル「INDUSTRIAL COAST」は、コロナウイルスによる厳しい状況の中でも、毎日ユニークでクールなフィジカルリリースを実現してきた。パンデミック以降もリリースニュースは絶えず、日々SNSでのポストが絶えないアクティブな姿勢は、恐らくヨーロッパで最も活動的なレーベルだったに違いない。 今もなお、カセットテープでのリリースにこだわる理由とは。アンダーグラウンドが持つ独特の魅力とは何か。 レーベルオーナーであるSteveに話を聞いてみた。 INDUSTRIAL COASTについて教えてください。 INDUSTRIAL COASTは、2018年11月に始動しました。 普段の仕事以外で何か面白いことをしたいと思っていた頃、僕はポルトを訪れ、Saturn and The Sun (Joachim Nordwall / Henrik Rylander) とJohn Duncanによるギグに参加したんだ。Joachimは、僕が「iDEAL Recordings(Joachimのレーベル)」の大ファンであることを知っていて、親切にギグ前日のディナーに招待してくれて。ディナーが終わった後、彼は僕に「君も自身のレーベルを作ってみたらどうだ?」と提案してくれたんだ。その後、イギリスに帰ってレーベルを立ち上げるまでにそう時間は掛からなかったね。 現在イングランド北部に拠点を置くこのレーベルは、僕と共に日々進化しているよ。もともとはアンダーグラウンドに活動するアーティストを発掘し、カセットテープでのフィジカルリリースをサポートする活動をメインにしていたんだけど、レーベルが成長するにつれて、世界各地で注目されるアーティストにも声をかけるようになったんだ。参加アーティストを幅広く扱うことで、まだあまり知られていないアーティストのリリースも認知されるようになるというのが目的だったんだ。 僕のレーベルは基本的にルールは無くて、自分が好きなアーティストや音楽を取り扱っているかな。ただし、政治的主張を流布するものは取り扱わないということがこのレーベルのルールかな。これまでにかなりのノイズミュージックをリリースしましたが、その他にもテクノ、ブラックメタル、コールドウェーブ、ドローン、ダブ、ドラム、ベース等、2020年11月で2周年を迎え、ありがたいことに総リリース数は100を超えたよ。 創設から約2年で既に100リリース超! 物凄いスピードですね。生産からリリース、プロモーションはSteveが一人で行っているのですか? このレーベルは僕が一人で運営しているよ。ただし、製作や印刷は専門的なスタッフに任せてるかな。 アートワークに関してはアーティスト側で用意されたデザインをレイアウトして使用することが殆どだけど、より良い商品を作るために、依頼者と密なコミュニケーションを取りながら、小さなネットワークを介して、知人のアーティストにカセットテープのデザインやレイアウトを依頼しているんだ。うちで生産を依頼してくれたアーティストは仕上がりを見てとても喜んでくれるんだ。アーティストだけでなく、購入者が受け取ってワクワクするようなものを作ることがとても楽しいね。 僕の主な仕事は、ウェブサイト、ニュースレター、Instagramページ(僕たちの唯一の広告)を運営しながら配送管理をしているよ。幸いなことに、コロナウイルスが流行する前から自宅で作業をしているから、コンピューターの前にずっと座って音楽を聴きながら仕事をこなしつつ、レーベルにフィットするアーティストを発掘する毎日を送っているよ。 アーティストの個性やカラーに合わせてノベルティーも制作してくれるなんて、小さなレーベルだからこそ出来る心配りで素敵だなと思いました。今なおイギリスでもコロナウイルスによる厳格なロックダウンが実施される中で、INDUSTRIAL COASTのリリーススピードは緩まるどころか加速しているように感じます。世界で起きている現象について、Steveはどう考えていますか? 生産に関して、僕自身、自宅から外に出て角を曲がったところにある小さな郵便局にテープを郵送するために出向くくらいで、実はそれほど影響は受けていないんだ(笑)。 パンデミックによるレーベルの売上に関しては、第一波はなんとか乗り越えたんだけど、第二波では減少している。ただ、これは予測できていたことで、世界中の人々に今一番必要なことは、自身の生活や健康を第一に優先することだと思ってる。僕たちが、自分自身の心を身体の声をありのまま受け止めるころが出来たら、きっと他者に対しても、本当の意味で思いやることが出来ると思ってるんだ。この危機的状況は、僕たち人間にとって大きな気付きになったことが沢山あったような気がする。だからこそ、僕たちのレーベルを応援してくださっている人たちには心から感謝しているよ。だからINDUSTRIAL COASTは絶対に臆しない。僕は僕自身の出来ることを全うするだけだよ。 カセットテープのみの生産に拘る理由を教えてください。 まず、手頃な価格で生産ができるというところは魅力の一つだけど、何よりカセットテープが非常にファニーで優秀な一つの広告だということ。君だって、手のひらサイズに収まるアートワークやジャケットデザインを手にとって眺めるだけでもワクワクしない? デジタル音楽のコンテンツは沢山あるけれど、僕は新しい音楽を探すこと以外で使うことはなくて、好きな音楽を見つけたらフィジカルで手元に残しておきたいタイプなんだ。 音楽にとってアートはとても重要存在で、その逆も然り、僕たちが生産したカセットテープはその両方を楽しんでもらえたら本望かな。 2020年は一回だけレコード盤でのリリースも実現したんだ。今後も要望や企画次第ではやるかもしれないけど、今のところはカセットテープメインで拘っていくつもりだよ。 アナログはデジタルよりも冒険に富んだ素晴らしいメディアですよね。フィジカルリリースは、アンダーグラウンドで活動するアーティストにとって一つのモチベーションになるんじゃないかと思います。特にカセットテープは、ノイズやパンク、エクスペリメンタルなど、破壊的でアバンギャルドな躍動をそのままリアルに再現出来るような気がします。では次に、Steve自身のことについて教えてください。 現在、52歳。僕が初めて音楽に興味を持ち始めたのは10~11歳の頃で、当時、初めて買ったレコードは70年代後半のパンクバンドのものだったよ。 10代前半で僕はギグを始め、メタルに夢中になったんだ。当時、Motorhead、Black Sabbath、AC/DCのようなビッグアーティストが2,000人規模のライブ会場でプレイしていた頃に、全てのライブを観に行ったよ。 次第にテクノ、ドラムンベース、ノーザンソウル、C&W等、音楽ジャンルを縛ることなく自分が好きな音楽を聴くようになったかな。現代のノイズは、私が若い頃に聴いていたパンクやメタルのような反骨精神が詰まったものというよりも、より実験的な要素が強調されているように感じるね。 では、あなたの好きなアーティストを3組教えてください。 3人のアーティストを選ぶのは、なかなか難しいね! このような質問を投げかけられた時、僕はいつもThe Redskinsの名前を出すんだ。 彼らは、80年代半ばに『Neither Washington […]

MAKOTO SAKAMOTOインタビュー: 不規則な世界に求めるもの

 2021年1月2日、ドイツ・ベルリン在住のサウンドアーティスト・MAKOTO SAKAMOTOが2曲入りシングル「VELVET PROOF」をデジタルリリースした。 音そのものによって圧倒的な個性を際立たせる彼の最新作は、”未完成の美しさとダークな世界観が放つ異形のアンビエント・サウンド”という言葉が相応しい。長年に渡るプロジェクトを経て作品が世に放たれるまで、作者がどのようなプロセスでどのような想いを込めて制作していたのか、普段の私たちは知ることもない。 今回はインプロヴィゼーションアーティストとして注目される彼について、新作「VELVET PROOF」にまつわる技術や制作方法から、自身のキャリアを総括するような音楽論、普段意識していることなど、合計1万字にも及ぶロングインタビューをご紹介したいと思います。 新作「VELVET PROOF」について、表題曲の「Velvet Proof」は実験的な音像を作るために特殊な手法で制作されたと聞きましたが、その方法を聞かせてください。 「Velvet Proof」は、ヘッドホンで聴いたときとスピーカーで鳴らしたとき、環境によって違った音楽に聴こえるような気がします。Makotoさんがおすすめする試聴環境、もしくはシチュエーションはありますか。 重低域がしっかりと鳴らせるヘッドホンもしくはイヤホンで聴くと、この曲の特徴でもある低域のグルーヴ感が味わえます。特にワイヤレスイヤホンBOSE SoundSportFreeで聴くことで、MASARAの身体の中に入り込み、彼女の心臓音とともに神秘的な声を楽しむ事ができます。 確かにおすすめのイヤホンで聴くと、重低域が自分の胸の位置でどくどくと脈を打つ感覚にとても興奮しました。 今回マスタリングを依頼した京都在住のエンジニア・Gen Seiichiさんとは、スピーカーから出た時にどんな鳴らし方をするかというのを、じっくりと打ち合わせして決定しました。根本的にマスタリングはどんな環境で聴いても同じように聴こえるのが定義ですが、今回は一つ一つの環境が違う場所でも機能するオリジナルな音像とマスタリングに仕上げてくれました。 BOSE製品は必要以上に中域から高域が出てこないので、マスタリングする前のミックスダウンが終わった状態で、リファレンスモニターとして聴くのに重宝しています。一般的には中域から高域が綺麗に鳴らしきれているものが”いい音”だと言われてはいますが、BOSEは良い意味で煌びやかな部分が無く、自分で音像を作ろうという思考にさせられるんです。BOSEのスピーカーでちょうどいい感じに出るくらいに高域を持ち上げた方が、そのあと他のスピーカーで聴いた時に、低音を出しすぎずちょうどいいバランスに仕上げられる気がします。 二曲目の「White Loop」はテープループを用いた手法で録音されたと聞きましたが、それはどういったものですか? 通常のカセットテープを自分で解体して、全長が5秒ほどしか録音できないテープを自作します。カセットテープは、一般的に前に録音されていた音源を消しながら上書き録音する仕組みだということはご存じかと思いますが、その消去するイレイザーへッドにアルミホイルを挟んでレコーディングすることで、オーバーレコーディングが可能になります。この方法でレコーディングすると、幾つもの音のレイヤーが重なり心地よいアンビエンスが生まれ、再生した時に同じ音がぐるぐる回り続けるという仕組みになります。 この曲もその場でピアノを即興でレコーディングし、その音源を流しながら即興でボーカルに歌ってもらいました。そして、ミックスダウンもすべてDATに直接一発録りしたものです。二曲とも、リアルタイムに演奏、ミックスダウン、レコーディングまで全て同時に行われています。 このカセットテープループの手法は、友人のサシャ(Sasha)から教えてもらいました。彼はベルリンでワークショップを開き、テープループを使ったアンビエントミュージックをYouTubeで公開しています。 彼のYouTuubeチャンネルを拝見しましたが、非常にポップでキャッチーなサムネイルがいくつも目に止まりました。自作テープのワークショップは、ぜひ私も体験してみたいです!では、今回”UNKNOWN”として初めて女性ボーカル・MASARAを起用したということでしたが、彼女とはどのようにしてコラボレーションに至りましたか? 彼女はベルリン芸術大学に通う若いアーティストで、エクスペリメンタルミュージックに興味があると言いました。当時LOOP HOLEというライブハウスまで僕のパフォーマンスを観にきてくれた時に、スタジオでセッションをする日取りを決め、スタジオに招き、その時に録音しました。「Velvet Proof」は、初めてセッションした時に録音されたものです。 すごい…!出会って間もなくセッションを実行したということですね。 そうですね(笑)。二回目に会った時に「White Loop」を作りました。一回目は初期衝動と緊張感を収め、二回目は初回よりもお互いにリラックスした状態で制作しました。 個人で音楽を作るときと、誰かとコラボレーションをするときとでそれぞれ大事にしていることはありますか? 個人で音楽を作る時は、なるべく型にはまらないようにするというか、過去に作ったものと似たものを作らないよう心掛けています。僕はフィーリングを重要視します。タイミングであったり、作る環境であったり、自身の精神状態を出来るだけ頭でイメージするものに近づけるというか、イメージ化したものを実行できる環境を作ります。 他人と何かをする時は、イメージや到達点に対する拘りよりもその瞬間に生まれるフィーリングを大切にしていて、自分は拘りすぎず、コラボレーションするアーティストの意見を優先することが多いです。相手と自分を掛け合わせた時に何が出来るかというところを重視しているような気がします。一人で取り組んでいる時はどれだけ我が出るか、いわば、どれだけ拘ることが出来るかだと思います。 一発録音といえど、いつもコンセプトを考えてから制作していますか? その時々ですね。人とやるときはある程度イメージを固めて、メロディやコードは決めずにやることの方が多いです。それを決めてしまうとインプロヴィゼーションでは無くなることが多いし、実験的では無くなるので。僕は人と人とが生み出すケミストリーをいつも楽しんでいます。 ノイズ音楽の即興レコーディングの場合は、まず好きなつまみを触ってその音を聴きながら和音にしてみようとか、いくつかのシンセサイザーを掛け合わせてハーモニーを作ってみようとか、出た音をシンセサイジングしながらイメージを構築していく事もあります。そのうち、今度は自分の中に映像が飛び込んできて「じゃあ今やっている音は第一章で、次に飛び込んできた映像を第二章に持っていこう」と展開を続けて録音していくことが多いです。それがそのままライブパフォーマンスへと繋がっています。 即興音楽について、スタジオで一人で録音する場合と、人前に立ってライブパフォーマンスする場合では、意識の方向性に違いや差はありますか? 違いや差はあると思います。本当は駄目だと思うけど。でも、今は人に見られていることを忘れてしまうほどプレイに没入しているので、その差は無くなってきたように感じます。 僕はスピーカーの出音でバランスを意識しながら音を出すことが多いので、スタジオだと自分が聴いて自分が良いと思った音作りをするのが基本なのですが、人前でパフォーマンスをする時は、ライブハウスの環境や人の密度であったり、周囲の環境音を聴きながら音作りすることを心がけています。 僕は現場でも出音で確認することが多く、その時小さな音は聴こえていないので、スタジオワークのように細かい部分にまで気が行き届いていないことがあります。ただ、ライブハウスには演者と観客とスタッフがいて、一人一人が物質として存在感やオーラも放っていて、そういったものが全部混ざっているということが僕にとってのライブのような気がします。 パフォーマンス後、自分がライブで感じていた音とは全く違うようなものが録れていたりすることがあるんです。その理由はきっと、その場所のバイブスであったり、人からもらう緊張感や緊迫感が混じり合って、自分が想定できない意識の外側で起こっているものが録音されているんだと思っています。 普段の生活が気になりますが、毎日の習慣や意識していることはありますか? どちらかといえば、不規則な動きの方を意識していると思います。 ルーティーンと呼ばれるもので言えるなら、毎朝20分間の簡単な筋力トレーニングや体力作りは欠かさないように心がけています。走っている時は考えていることを整理したり、リフレッシュしたり、悩み事や答えの出ていないものを走っている間に解決させています。ジョギングが終わったら次のステップに進めるように、走りながらクリーンアップするというか。走っている時は基本スマートフォンも何も持たないので、思いついたアイデアは忘れない様にUSB型のボイスメモに録音しています。 あと、いつも何か集中するときはスマートフォンの電源を切ってオンとオフを切り替えるようにしています。外からの情報を制限することによってオリジナルを生み出すことが出来るからです。 新しい知識を取り入れすぎないようにする、ということでしょうか? 現代に見られる多くの作品は、”情報の水”で薄められているものが殆どです。それはきっと、現代人のインプットとアウトプットにかける時間の比率が大きく偏っているからだと思っています。今はなんでもネット上で問題を解決することができますが、そのバランスを誤ると、本来私たち人間が潜在的に持っている直感力であったり、オリジナリティーが衰退してしまう原因にもなります。 例えば、面白いなと思う映画や小説の時代背景を辿っていくと、簡単に情報なんて得られなかった時代のものが多く、当時の芸術家は圧倒的にインプットが少なかったということが分かったんです。勿論、今の時代の変化と共に自身の思考や価値観も変わらなきゃいけない場面もありますが、自己を表現するという意味では、外部から得た情報ばかりでは脳に負荷がかかり過ぎてしまっていたり、いざという時に自身のアイデンティティーが発揮できない事があると思うので、日頃からインプットだけではなくアウトプットする為の余白も十分に持っておく必要があると思っています。 では、ルーティーンを決めずに不規則な動きをすることに対して理由はありますか? 不規則な動きをするというのは、不規則な動きが出来る様になるということに繋がっていると思います。 例えば、ジョギングをする時にも、家を出た瞬間に走り出すこともあれば、走ってみてすぐに歩き始めたり。いつもジョギングしているコースを全て歩くだけで終わってみたり。表現者として、不規則な中で生まれたアクシデントや自分が予想だにしないものに対してアクセプトして、力まずにアウトプットするという癖を作るために細かなルーティーンは決めていません。規則的な生活からも閃きはあるけれど、不規則な動きをしている方が、単純にいろいろ思いつくというのはあると思います。 ミニマルミュージックについて聞かせてください。音楽の多くが「足す」ことで構成されていますが、ミニマルな音楽は「引き」の考え方で構成されているかと思います。例えば、「MS005EP01」も非常に音数が少なくシンプルなのですが、同じ事をただひたすら繰り返すのではなく、微妙に変化していることが特徴的ですね。ベルリンでミニマル音楽と密接に触れ、Makotoさんの中で感覚が変わったことはありますか? ミニマルで一番代表的なのはテクノミュージックだと思います。テクノで一番大事なのは、結局”音”そのものです。キック一つに関してもその音自体のクオリティが非常に高いものでないといけなかったり、特にミニマルミュージックが盛んなドイツでは音自体に拘る人が多いので、自然と自分も足して作られたものの煌びやかさや華やかさというよりも、シンプルな音構成の中から生まれる複雑さを追求するようになりました。 ミニマルになると必然的に一音一音の音質ディテールが重要になってきます。しかもDATテープに一発録音なので、その一瞬を一回の録音で良いと思える音に仕上げる為に、ストレートレコーディングする際のレコーダー、アンプやコンプレッサーEQのチャンネルストリップ類には気を配り、その為に必要な最低限の機材を使っています。 「MS005EP01」にで使用した機材は、Jomox XBase […]

Furozh Interview “SAY NO TO RACISM WE ARE ALL HUMAN”

Interview: ARI MATSUOKA Date of interview: 14 July, 2020 現在、ニューヨーク House, ambient, down tempo, traps… Furozh, a producer and founder of @offthescene_ in New York, who can change the music style flexibly and make it listen like a DJ mix. New York, where divisions and disparities were revealed by the Coronal Eruption. We interviewed him […]

ノイズバンド・夜光虫がUKのインディペンデントカセットレーベル”INDUSTRIAL COAST”より1st albumをリリース

ベルリン在住の日本人アーティスト3人によるノイズバンド・夜光虫-noctiluca-の1stアルバム「Noctiluca – Prelude」が10月30日(金)にリリースされた。 今回、イギリスのノイズシーンで最も注目を集めるインディペンデントカセットレーベル「INDUSTRIAL COAST」からのフィジカルリリースされたということで、”夜光虫”というなんとも怪奇でおどろおどろしい名前が、ドイツから海を渡りコアな音楽ファンへと一斉に広まることとなった。 メンバーは、ベルリンアンダーグラウンドで活躍するピアニストRieko Okuda、サウンドアーティストMakoto Sakamoto、ギタリストRyusui Tatsumiのトリオで結成され、それぞれ実験音楽家でもある彼らは、ノイズ音楽界のディープゾーンに野盗の如く現れ、聴衆を怒号の渦で喰い尽くしてしまう程アバンギャルドな世界観を創り上げている。 そんな全員異端児のハードコアバンド夜光虫のデビュー&リリースに伴い、今回MOLSがショートムービーを制作。激しいフィードバックに切り裂くような轟音、その場で瞬間的に生み出されるノイズ芸術を30秒間に凝縮し、90年代のVシネマもしくは日本カルト映画のような映像が出来上がった。 最後に、夜光虫の音源について一言「カセットテープを最後まで聴いてみろ」。 フィジカルはいいよ、カセットテープデッキをお持ちの人は是非。カセットテープでの購入は、INDUSTRIAL COAST及び、夜光虫のbandcampページからお問い合わせをお願いいたします。 Released by Industrial coast UK Order the Cassette Tape at INDUSTRIAL COAST offical shop https://industrialcoast.bigcartel.com… bandcamp https://industrialcoast.bandcamp.com/… “Noctiluca – Prelude” A side – 20:09 B side – 20:09 All tracks are improvised & recorded in July 2019, Berlin Edited by Rieko Okuda […]

没入する:アウクスブルクの実験音楽フェス “re:flexions sound-art festival”

ベルリンで毎年行われる実験音楽の祭典”Berlin Atonal”は、今年の開催を見送りに。私は、2019年に初めて参加したAtonalの写真を見返しながら、大きなダンスフロアで、爆音のなか思いっきり踊り明かせる日が来ることを待ちわびるしかなかった。 ”ニューノーマルな時代”と呼ばれることへの抵抗も無くなり、ベルリンでは徐々にではあるが、クラブイベントやライブパフォーマンスの開催も増え始めている。しかし、ベルリンで主流となっているFacebookページからのパブリッシュや招待は、警察の取締りが厳しく、昨今は、ダイレクトメッセージや、当日まで開催場所を公開しないアンダーグラウンドなイベント内容が目立ってきた。 やはり驚くのは、ベルリンで活動するアーティストたちのカルチャーに対する熱意と実行力である。そしてその中でも、アートの根を絶やさぬよう、今最も活発的で根強いジャンルが、エクスペリメンタル・ミュージックやサウンドインスタレーションである。 ベルリンといえばテクノの印象が強いが、テクノ・ミュージシャンがエクスペリメンタル・アーティストへと転向することは珍しくない。実験音楽へと没入するアーティストは、テクノ、パンク、メタル、ノイズ、時にクラシックと幅広く、無限の可能性を秘めた精神音楽のような気がする。 8月に入った頃、ヴァイオリニストのHoshiko Yamaneさんから、「re:flexions sound-art festival 2020」のコラボレーションアルバム「r/e」を頂いた。 「re:flexions sound-art festival」は、ベルリンから600km離れた街・アウクスブルクにて、2017年から毎年開催されている実験音楽の祭典で、このアルバムは、元々フェスティバルに招待されたアーティストたちによるリモートセッションで収録されたコンセプチュアル且つスペシャルな作品。今年は7月4日に開催される予定だったが、コロナウイルスによる被害拡大を懸念し、ラインナップを一部変更して開催されたそう。 参加アーティストは、Bu.d.d.A.(Sascha Stadlmeier&Chris Sigdell), Fabio Fabbri, Hoshiko Yamane, Agente Costura, Boban Ristevski, Occupied Head, Calineczka, Gintas K, Wilfried Hanrath, KOMPRIPIOTR, Lee Enfield, Waterflower,N​(​91), deepの13組。 ドイツで活動するアーティストたちに規則性はない。時とともに流れ、進化し続ける姿勢であることが、表現の幅を広げることに必要不可欠なのだ。 実験音楽というと日本では未だ馴染みの少ない音楽ジャンルではあるが、なんとなく実験音楽というジャンルが時代に追いつき始めたように感じる。現在、アルバムでの販売は終了している状態だが、bandcampで視聴可能となっているので、気になった方は是非聴いてみてほしい。 re:flexions sound-art festival Official Webpage

CEEYS Interview “WÆNDE” The world you see and don’t see

Interview: ARI MATSUOKA Date of interview: 27 July, 2020 Globalization is supposed to create a world where national “borders” become increasingly permeable and irrelevant, but, ironically, the world as we see it is crisscrossed with dividing lines. Our world today is full of divisions due to racial, religious, economic, generational and various other factors. What […]

Dasha Rushが捉える音響空間とサウンドの関係性 – トイフェルスベルク元スパイ塔跡地

words : ARI MATSUOKA ベルリンの壁が崩壊した1989年以降、物凄い早さで急成長を遂げるこの街には、今もなお未開発の廃墟が沢山存在している。ベルリンでは新旧の建造物が共存する魅力的な街でもあるが、やはり建物自体の寿命には敵わない。私自身、移民としてベルリンで過ごした1年間のあいだにも、老朽化したアパートや建造物が惜しまれながらも取り壊されていく瞬間を何度も目の当たりにした。 最近だと、ミッテ地区にあった「タへレス」というアートハウス(スクワット)が跡形もなく無くなってしまった。ベルリンアートのシンボルだったタへレスは、2012年の閉鎖以降、建物こそ存在を残していたが、私がこの街へやってきた2019年の夏、その面影はあっという間に消えてしまった。 こうして次々と現代に均されていく中、西ベルリンの小高い山の上にあるトイフェルスベルク元スパイ塔跡地にて、ベルリンで活動するダシャ・ラッシュがレコーディング実験を行うということで現地へ向かった。 「悪魔の山」と呼ばれるトイフェルスベルクは、第二次世界大戦の爆撃で廃墟になったベルリンの瓦礫を集め、それらを積み上げてつくられた人工的な山。冷戦時代にアメリカ軍とイギリス軍が、東ドイツ、さらにはソ連の無線傍受に適しているとして、西側諸国が諜報目的でレーダーを設置した。かつては盗聴用として建設されたスパイ基地だが、ベルリンのアーティストや音楽関係者たちはその特徴的なドーム型の空間に目をつけ、新たなサウンドスペースへと変貌させたのだ。 8月16日、この日のレコーディング実験は、出演者及び関係者からのダイレクトメッセージで招待されたものだけが参加出来るというパーソナルなイベントだった。駅から会場までは徒歩で約30分、西と東が資本主義と社会主義によって分断されていた当時を思わせる、その異様なドーム型の物体を目指して山の頂上へと向かっていった。 このイベントはドッツ・ギャラリーが主催しており、不定期で建物全体を使ったサウンドパフォーマンスやインスタレーションを行なっている。 上部にあるドームは、いわば自然な放物型のリバーブチャンバーとして用いられ、何百メートルもの音響ケーブルを使用し本館1階にあるドッツ・ギャラリーの録音スペースからドームへと音楽が送られる。ドーム内へ送られた音響信号はL/Rのスピーカーで再生され、その反響音が2つのマイクで録音され1階にある録音スペースへと返されるという仕組みになっている。 光の屈折と同様、音に関しても広い空間と狭い空間では音の鳴り方が異なり、空間に存在するオブジェクトの材質などによっても変化してくる。今回着目する点は、そのオブジェクト(元スパイ塔跡地)とドームを使った反響音(リバーブ)である。ループした同じ音源にも、リバーブを加えることによって音全体の肉付きが良くなり、艶っぽい印象を与えてくれる。アンビエントやエクスペリメンタルミュージックのライブパフォーマンスを専門とするサウンドアーティストたちにとって、音響空間表現を熟知することは非常に重要なことなのだ。 写真ではわかりにくいが、大きく開いた扉の奥にはドッツ・ギャラリーの録音スペースがあり、ダシャ・ラッシュとオペラ歌手のサロミエがパフォーマンスし、観客は目の前に設置されたオリジナルスピーカーから流れる幻想的な音響空間を楽しむ。 正直かなりマニアックな実験パフォーマンスだと思ったが、観客の中にはアーティストや音楽業界で活躍する人たちの姿が多く見えた。 会場で使用される機材はほとんどが自作のもので、写真のようなカートと一体となった移動式スピーカーが左右に2台設置されていて、左側のスピーカーからは録音スペースからリアルタイムで送られる音が流れ、右側のスピーカーからはドーム内へ送られ反響して返ってきた音が流れる仕組みになっている。 この日のメインアクトであったダシャは、自身のレーベル「フルパンダ・レコード」を主宰するDJ/プロデューサーであり、アーティストやダンサーと共に劇場や映画館などでインスタレーションを開くなど、より実験的で芸術的なサウンドアーティストとしても活動している。 今年はコロナウイルスの影響もあり、世界各国で音楽フェスや大きな野外イベントは軒並み中止。ベルリン市内では、未だライブハウスやクラブハウスの営業規制が厳しい状況にある中、常に音楽とその他芸術表現の融合を研究し続けるベルリンのアーティストたちの強い意志と実行力を目の当たりにした。ベルリンで活動するアーティストたちは、既にニューノーマルな時代へ突入していくこと受け入れている。寧ろ、コロナウイルスの猛威について未だ議論を交わしている人は少なく、自然環境問題や貧困国の食料不安など、更に大きなテーマについて真剣に考え訴えかけるような動きを見せているように感じる。 NASAは時々、宇宙からやってくる電波の振動を音に変換したデータを公開しており、音楽家ブライアン・イーノは天体物理学者と組んで星の内部で発生した音で宇宙オーケストラを作ろうとしている。これからの時代は、ただ流行りを追うものではなく、私たちの日々の暮らしに関係する言葉や雑音、自然音に寄り添うようなサウンドが求められるだろう。 Dasha Rush Official Webpage Instagram Alexandra Pyatkova YouTube DOTS Gallery Official Webpage Instagram

人種問題やウイルスによる国境封鎖、ニューヨークで活動する音楽プロデューサーFurozhに独占インタビュー

Interview: ARI MATSUOKA Date of interview: 14 July, 2020 アメリカ・ニューヨークは世界で最もコロナウイルスのパンデミックに苦しんでいる。誰もが2メートルの距離を保ちながら立ち話しをするニューノーマルな時代へと変容し、家族や恋人、親しい友人とも気軽に会うことが許されなくなった。そんな中、ジョージ・フロイドの殺害から始まったBLM運動は未だ活発に行われており、私たち人間は社会の断片化ではなく更なる連帯が必要な状況だといえる。 ハウス、アンビエント、ダウンテンポ、トラップ。ニューヨーク在住 @offthescene_ のプロデューサー兼創設者である Furozh は、音楽スタイルを柔軟に変更してDJミックスのように聴かせることが出来るトラックメーカーだ。 分裂と格差がコロナウイルスの噴火によって明らかにされたニューヨーク。 市の現状について困難な状況の中、彼にメールでインタビューをした。 Q1 出身地を教えてください。  ニューヨーク・バーノン出身。 Q2 ニューヨークでは最近、3ヶ月続いたコロナウイルスによるロックダウンが解除されました(6月20日のインタビュー時)。人種差別デモの最中で、ニューヨークの街の様子や住んでいる人々の様子はどうですか?また、”curfew”制度とはなんですか? 多くの住民が、人種差別の問題よりも、コロナパンデミックによる生活への不安の方が気持ちも大きかったと思う。その中で起きた人種差別デモ(以下BLM運動)に参加する人々の中には、アメリカ政府に対する不満や、情勢への不安をただ発散するためだけに暴動を起こす者も多くいた気がするな。 ニューヨークでBLM運動が起きる以前やその最中も、罪のない黒人が殺されているという事実は変わらない。そして、デモが過激化することによって、アメリカに住む黒人たちが危険にさらされているということも事実なんだ。 “curfew(カーフュー)”とは、一般市民に対して公権力の行使として例外的な場合を除き夜間の外出を禁止するという意味で、ニューヨーク各地で実行されたもの。住民の安全を確保するためのもだと政府や警察は言っていたけど、実際のところは、僕たちニューヨークで暮らす市民たちの発言や正義を探し求める行動を抑制しているようにも感じたよ。 Q3 昼間のデモに参加している人たちと、夜間のデモに参加している人たちでは活動内容や人種に違いは見られますか?  昼間に行われるデモは家族連れや年配の方など、平和的で落ち着きがあり、それこそ”政治運動”と呼べるものだった。ただ、実際に見られている人数や参加している人数の規模は夜間の方が多くて、その大多数は若者たちによってデモが行われていたよ。人々の通勤時間や外出時間によって、年齢や人種は違っているように見えたかな。 Q4 あなたがニューヨークに住んでいて感じる差別はありますか?人種に問わず、セクシャル、宗教、世界観問いません。 勿論! Q5 私は有色人種という言葉が好きではありません。特に肌の色で不正に扱われることがあってはいけないと感じます。アメリカでここまでBLM運動が暴徒化してしまった理由はなんだったと思いますか? それはアメリカの国民が皆んな疲れているからだと思うな…。僕たちは何年もの間、この馬鹿げた運動にうんざりしているよ。多民族国家アメリカで暮らす有色人種と呼ばれる人々は、肌の色が異なるだけで殺されているという事実から目を逸らすことはない。 実際に僕自身もBLM運動に参加していたけど、アメリカ政府は黒人が肌で感じている不安や恐怖を本当の意味で理解していないように感じた。もし自分が違った人種で生まれていたら、この状況を見て一体どう感じるのだろうって色々考えることもあったよ。 Q6 ロックダウン後、音楽活動にどう影響がありましたか?  僕は自分自身を保つことが一番大切だと思っている。家族や周りの友人たちは「それが一番良いことだ」と言ってくれたけど、30歳黒人男性の一人として、今の現状で音楽活動を続けていくことは足踏み状態みたいで、正直苦しい時間だね。 人種差別は継続的に繰り返されている。黒人の奴隷制度は終わっていないし、教科書は、なぜ黒人への奴隷制度が適応されたのか、どうして未だにこの制度が終わらなかったのか、真実を述べたことはないし教えてもらったことはない。昔はKKKという白人至上主義者の団体による黒人狩りも日常的にあったし、今もなお、アメリカで生きる黒人が怯えて暮らさなきゃいけなくて、黒人は白人と心から安堵して話すことさえできないと感じている人もいる。 僕にとって音楽活動を続けることは、今世界でどのようなニュースが報道されているのか、真実のメッセージを強く届けるためにとても役立っているんだ。 Nas、public enemy、Mos Def、prodigy、KRS-one、ab-soul、CAPITAL STEEZ、2pac、etc…僕は尊敬する黒人アーティストから沢山のことを学んだよ。これらのアーティストは、黒人であるがゆえの心境や感じたことを覚悟と信念を持って発信していて、僕も今置かれた状況に決して目を背けず、しっかり受け止めようと思ったよ。 Q7 以前、アメリカのBLM運動の報道をニュースで見ました。彼らは暴動ではなく、ダンスや音楽で”平和的”な解決を求めていました。アメリカのデモを通して、あなたは音楽でどのようなメッセージを伝えたいですか?また、この問題を機に自身が変わった部分はありますか? 僕が伝えたいことはこの事件が起きた今も昔も変わらないよ。唯一変わったことと言えば、音楽制作の環境を今以上に整えようと思ったことかな。コロナウイルスでのロックダウンやBLM運動を通じて、自分と考え方や向いている方向が違うなと思った人とは反論せずにうまく距離を取れるようになったし、そのような人たちに囲まれることも無くなったよ。 Q8 ニューヨークで音楽活動を続ける理由はなんですか? この街は僕が音楽を始めるきっかけをくれた場所だし、僕が音楽を続ける理由を毎日思い出させてくれる場所なんだ。  Q9 人種、ウイルスによる国境封鎖、2020年は境界(Border)について考えさせられることが多い年のように感じます。”BORDER”という文字を見て、今感じることや思うことはありますか? 平等な社会はまだまだ遠く、世界は分離しているように感じるかな。 Q10 最後に、これからもニューヨークで音楽活動を続けていきますか? はい、勿論! […]

Furozh Interview “SAY NO TO RACISM WE ARE ALL HUMAN”

Interview: ARI MATSUOKA Date of interview: 14 July, 2020 New York, USA suffers from the most coronavirus pandemic in the world. Transforming into a new normal era where everyone can stand up to a distance of 2 meters and easily meet family, lovers, and close friends It seems that we human beings need more solidarity […]

プカプカ

先日、ベルリンに住んでいて初めて湖に行った。 その日は6月だったけど気温は31度と夏日のようで、人生で初めてタンクトップ一枚で外へ出掛けた。逞しい二の腕をしているので、これまでキャミソールやタンクトップで周りの目を気にせず外出出来る人が羨ましかった。でも、この一年でいい意味で無駄な羞恥心も消え、他人の目を以前より気にしなくなってから、よし今だと腕を出して外に出た。たったこれだけのことなのに、私にとっては結構なチャレンジだった。海外に出てくる勇気があるのに、タンクトップを着て外を出歩けなかったなんて、ヘボくてなかなか言えなかったんですよね 。 電車を乗り継ぎ、湖の辺りまで徒歩も合わせて約2時間。Liepnitzseeという森の中の湖へ。 ベルリンの都心部にも遊泳できる湖は多いみたいだけど、その日は夏日。皆、きっと考えていることは一緒に違いない。小旅行気分で、1時間も電車に揺られていれば沢山の自然公園と出会える。そんなベルリンも、ようやく滞在1年目で知ることが出来たので単純に嬉しかった。 砂場に到着するなり、早速服を脱いで水着姿になる。水着で日光浴なんて、何年ぶりだろう。粒が細かい砂が指の間をさらさらと抜けて、10歩先の湖では水飛沫がキラキラと反射していてとても涼しそうで。 夕方5時頃、しばらく日光浴を楽しんだあと、水温が低くならないうちに泳いでみようよと湖に向かった。水は冷たかったけどめちゃくちゃ気持ち良くて、でもあっという間に足の届かない場所まで来てしまって、ビビリな私は岸の方でプカプカと浮かんでた。背中を水面につけて、空を見ながらただ漂うだけだったけど、自粛期間も少し明けたところ、いいリフレッシュが出来た。 多分20分くらいはプカプカ浮いていたと思う。体が冷えたところで再び砂浜に戻って、ただ横になってぼんやりする。紛れもなくバケーション、小学生の夏休みのようなひと時だった。 特にオチがないただの日記だけど、こんな感じで何も考えずに日帰り旅をしたことが嬉くて。 夏の時期にベルリンに来ることがあるなら、是非湖にピクニックもプランに入れて欲しい。日本の家族が来た時には、是非連れて行ってあげたいと思った。

”ぶつかり合う”と”こだわり合う”

人生で、どれほど本気の人間と出会ってきただろう。というか、本気でぶつかり合いたいと思える人間と出会えることが、人生で一体何回あるだろう。 過去、私に対して本気でぶつかってきてくれた人は数少ない。これまで自分のことを大事に出来ず、今思うと、その人達は私以上に私のことを想い、どこへ飛んでいくかわからない風船みたいで心配で堪らなかったんだと気付く。血の繋がりのない赤の他人に対してここまで本気でぶつかってきてくれる人は、限られた時間の中でそうそう出会えるものではない。 ぶつかり合うとは、結局は相手をどれほど信じているかということ。 ”ぶつける”と”ぶつかり合う”という意味が混在しているうちは、なかなか人とのコミュニケーションも難しく考えてしまいがちだ。感情に任せ、ただただ破壊的にぶつかることは簡単でも、それでは相手との関係を築くことは出来ない。その場ですぐに結果が出ない場合が分かっていても、流動的にものごとをポジティブに捉えることが出来、相手とのこれからを見ていきたいと願うのであれば、建設的にぶつかることが出来るだろう。 これらは、私にとって一番避けてきたことであり、人とぶつかり合うなんて怖くて出来ないと思ってしまう性格だ。 では、言葉を変えて”こだわり合う”だとどうだろう。 ぶつかり合うよりは、こだわり合うと捉えた方が随分と気が楽になった。関係を一度も壊さずに大切にできれば一番いい事なんだけど、一度壊れたものを修繕したり、強化したりするほうが、愛着を持てたり、長く愛したいと思える気がする。相手の気持ちを尊重すると同時に、自分の気持ちを尊重できることが大切で、私はもっと保身に走らず、在りたい生き方に近づけるようになりたい。 相手に対してエネルギーを注ぐことはとてもパワーのいることで、本当は面倒だし疲れること。だいたい恐れているものは、自分の思い込みだったということが多い。ただ一方通行で相手だけがエネルギーを消耗してしまうような力関係にならないように、私はもっと自立しないといけないね。相手と本気でぶつかることが出来たなら、きっとそれは自分にとっての自信に繋がるはず。

心と思考

テーブルの前にノートとペンを広げて、窓越しに揺れる緑を見ながら文を書く時間が好きだ。今朝は外が曇っていて暗かった。まるで寒い冬に逆戻りしたみたいで、ロウソクの火も心なしかいつもより赤く見えた。 職業柄なかなか難しい部分もあるけど、最近iPhoneやPC等のデジタル機器から少しだけ距離を取る生活にしたところ、すこぶる調子が良くなった。まるで美術館のロッカーに荷物を全て預けるように。こうすることで初めて自分の為の自由な時間を手に入れる事が出来るので、本来自分が持っている想像力や表現を信じてあげるために時には必要なことでもあるように思う。 「今、私は何を感じているのか」。1秒1秒、溶けて色薄らいでいく感情を忘れないように、ことばを綴る。人は、一番向き合いたくないと思うことに自分の使命が詰まっている。また同じような痛みを経験してしまわないよう、感情ひとつひとつに目を向ける。意識のひとつひとつに目を向ける。 私は、私と離れる為ではなく、もっと、もっと近づきたい。そうすれば、きっと大切な人との心の距離ももっと近くなると信じている。 自然の声を聞いてみよう。静かなまま、木葉が揺れて、水が流れることはない。感情も同じ。心の声を聞いてみよう。

Raum – 余白と”余韻”に人は何を想うのか – 第二弾:後編(インタビュー後日談/考察)

5月29日金曜日、ベルリン在住アーティストの菅原圭輔による11分間のアート映像作品「Raum」のオンライン上映会が行われ、本日、彼のウェブサイトより一般公開された。 【外部リンク】Keisuke Sugawara Web 前回、第一弾として「Raum」について幾つかテーマを抜粋したプロローグを執筆させてもらった。 【外部リンク】Raum – 余白と”余韻”に人は何を想うのか – 第一弾:前編(プロローグ) 今回第二弾ということで、本作上映後、特典映像として携わった時のアフタートーク全文と、本編についてのレビュー&考察について話していきたい。 まずは、菅原圭輔とのアフタートークの様子を紹介。 Raum in Conversation Keisuke Sugawara × MOLS ー まず、「Raum」という名前の由来とは? Keisuke : 「Raum」はドイツ語で「部屋(room)」という意味で、閉ざされた空間やスペースを人の心の中とイメージして制作したんだけど、なんかその限られた空間の中にいる一人の人物にフォーカスをあてたくて。だからこの題材でフィルムを制作しようとした時に、自然とこの名前が浮かんだんだよね。英語でも日本語でもなく、ドイツ語の響きや表現がぴったりだと思ったからかな。 ー Keisukeが作品を作るうえで、どのような場面からインスピレーションを受け、それをどのようにして作品に落とし込む? Keisuke : 割と自分の体験に基づいて印象に残っている風景や経験が沢山自分の中に残っていて、一つの作品を作るときに、その引き出しの中から摘んでイマジネーションを膨らましていったり、その物事から派生する物語と結びつけたりするかな。 例えば今回の作品でいうと、真っ白な部屋という風景と、一人の女性が椅子に座っている風景を頭の中でイメージを結びつけたりして、時にその情景に近い記憶をコラージュしながら作り上げていったな。ぼんやりある風景に対して、なんかこの小説の雰囲気が僕が見たあの風景と似てるとか、この音楽が頭の中にあるイメージにぴったりとはまるとか。元は多分その輪郭がぼやけたイメージや感情とかからインスピレーションを膨らましているね。 ー 本作のキャスティングについて、神嶋 里花さんを主演として迎えた理由は?また、普段作品を作るうえで人選に拘りはある? 今回に関してで言えば、作品の登場人物に対して既に自分の中でイメージがあって、表情や話し方、彼女自身が持つオーラが作風とマッチした、ということが一番の決めてだったよ。彼女からは、少しあどけなさも感じられつつ大人の女性のような魅力も感じられて、理想通りの女優さんが見つかったと思った。 なんか、僕は人の”目”が凄い好きで、ちょっ話が逸れると、ベルリン・アレキサンダープラッツ駅付近にある「ALEXA」に、眼球の写真を撮ってくれる場所があるのは知ってる? ー そんなサービスがあるの?! それは個人的にも知りたい… そうそう、本当に眼球だけを撮影するんだよ。しかもA1サイズくらいに引き伸ばして印刷してくれるらしい。それが凄く気になっててね。自分の目の写真が部屋に飾られているのは少し気持ち悪いなと思うけど(笑)。 人の目には沢山の情報があると思っていて人種によっても眼の色は様々。黒や茶色、それから青や緑。ここベルリンに住んでいると、様々な人種の人たちが暮らしているから、特徴のある目を見るとスーッと引き込まれるというか。今作の撮影の中で特に面白かったのは、主演の里花さんに目を閉じてもらって、開く瞬間に黒眼の部分が一瞬ピントを合わせる為に開くんだけど、その瞬間って肉眼ではなかなか確認できないし、カメラ越しでハッキリと見えた時は凄く引き込まれたな。 ー 映像作品を作るなかで「音楽」は密接な関係にあると思うけど、今回楽曲として選んだMakoto Sakamotoさんの「Yoin」を選んだ理由は? 2019年8月にMakoto Sakamotoさんの「Reflection」というアルバムがリリースされたという連絡があって、聴いてみたのがキッカケだったかな。全体を通して自分の好きなアンビエントでどこかドロッとした印象を感じて、アルバムを通して大好きで。その時から「Yoin」というタイトルが頭に残っていて、ピアノの音が反復されていく様や、序盤は静かに始まって、空間に溶け込んでいって、7分間の楽曲だけどその後もずーっとその場の空間を支配するというか。展開の少ないメロディーだけど、今作と凄くマッチするなと思えるような、運命的な出会いだったんだよね。 この作品には「ゆっくり、だけど確実にー」という一つのテーマがあって、作品説明にも載せてるんだけど、視覚的には淡々としなながらも、得体の知れない何かに動かされるような不穏さや違和感のようなものを感じたり、その”不穏さ”がこの楽曲と重なる部分を感じたかな。個人的には映像とあてはめた時にどちらも潰しあっていなくて、映像が楽曲のイメージを壊すことも無ければ、その逆も無く、絶妙なバランスでリンク出来たかなとは、編集を終えて通しで見た時にそう思ったな。あとは、単純にこの曲が好きだからかな(笑)。 ー 最後に、今後も映像作品を作っていきたい? 映像は今後も撮っていきたいなと思ってる。やっぱり舞台って空間が決まっているし、シーンを切り替えたくても「暗転」って言って照明を暗くして展開をもたせるくらいしか方法がないんだけど、映像って急に違う場面に飛んだり、時空を自由に操れるから面白いなと思うかな。 今後映像作品を作っていくという工程は、今まで自分がやってきた活動と離れていないなと感じるから続けていきたいなと思うし、あまりフィルムという部分だけに拘らず、映像作品は撮りたいな。もっと日常に寄り添った作品や、台本があって、今作よりも長いストーリーも撮っていきたい。その前に、ベルリンの街並みや風景を記録していきたいな。そういうミニアルなものは定期的にシリーズ化していって、「Raum」のようなストーリーのある作品も今後はチャレンジしていきたいと思っているよ。 ここからは、筆者による「Raum」のレビューと個人的な考察を話していきたい。 まず、全編を通して非常にシンプルでありながら、なぜ真っ白な部屋に一人女性が椅子に腰をかけているのか、一体誰に話しかけているのか、全貌が全く掴めないまま物語は進んでいく。 冒頭、彼女が話す会話の中で分かったことは、季節である。 彼女に対して「こんな朝には太陽があなたを祝福しているんだよ」と声をかける複数の人々。それに対して、彼女は少し微笑んだ後、冷めた様子で「あんな季節のあとには、みんな陽気になるみたい」と呟いた。”あんな季節”とは、冬のことだろうと、その時すぐに理解した。ドイツの冬は、街も人も暗く陰鬱な雰囲気で、空は全体的にグレー色。寒さは感覚を鋭くする。素足で踏み込む廊下の冷たさ、かじかむ指先や鼻先に意識を向けると、ドクドクと血が脈打つのを感じる。 春が「社交の芸術」ならば、冬は「孤独の芸術」と言えるだろう。冬になると感覚が冴え、他者との社交的な対話ではなく、自分の頭の中と対話がしたくなる。 監督の菅原も、そんなドイツの長く冷たい静かな冬が大好きで、また作中の彼女も「物思いに耽るのが好き」という発言からして、きっと冬が好きなのだろう。 […]

Raum – 余白と”余韻”に人は何を想うのか – 第一弾:前編(プロローグ)

4月、ベルリンで活動するアーティスト・菅原圭輔が初の演出・監督を勤めたショートフィルム「Raum」がようやく完成したと、本人から連絡があった。 1月、コンテンポラリーダンスを中心としたジャパンツアーを控えていた彼が、もう一つの大きなプロジェクトとして新たにショートフィルムを制作するという話は、2019年の時点から聞いていた。 Christina Dyekjærと一緒に主催する ”mellem to” プロジェクトで彼と出会って以降、彼の作品からは「生きるということ」そのものを問い、何度も反復して投げかけてくるほど強烈なメッセージを感じていた。何故なら彼自身、その意味の原型について深く知り尽くしていて、また、多くの人がその問いについてあまりに悲観的すぎることも知っているのであろう。 公開まであと三日、今回は二部構成にわたって、彼が手掛けた「Raum」について紹介・レビューしていきたい。第一弾は、「白い部屋」と主人公の「心理」にまつわるプロローグについて。 「Raum」という名前はドイツ語で「部屋」を意味し、作中に出てくる真っ白な部屋に、女性が一人椅子に腰掛けているシーンから始まる。彼女の身に纏うワンピースのセンスと対比して、瞳はどこかあどけなく、ちょうど少女と大人の間(はざま)にいるように感じた。 シンプルで飾り気のない退屈な部屋に腰掛ける彼女の表情はどこか不自然で、会話の中に出てくる街中の風景や人々に対してどこか冷めた印象だった。 作中、彼女は、淡々と目の前にいる”誰か”に最近あった出来事を話す。内容は至ってなんでもない日常のようにも感じるが、真っ白な部屋が、まるで彼女の世界から色というものを消し去ってしまったかのように見えた。 もし、世界から色が消えてしまったら。色の持つ感情への作用は強い。 朝、目が覚めた時に見る日差しが外で見るよりもずっと柔らかい琥珀色だということや、長い冬を終えたあとの新緑が、想像していたよりもうんとみずみずしい萌木色であることを教えてくれる。色というのは、ただ単に物質の特長を捉えるだけでなく、温度や触感までもイマジネーションさせる。 色を無くしてしまった時、私たちはただ、背後からゆっくりと忍び寄るなにかに怯え、昨日と今日を往来するだけの日々を過ごしてしまうのかもしれない。そう、彼女が話す風景の中には色彩が感じられなかった。 彼の舞台作品「mellem to」に同じく、今回の作品の登場人物に共通している心理課題はリフレクションにある。 リフレクションとは、簡単に言えば、ある経験をピックアップし客観的に経験を振り返ることを意味している。例えば、過去の失敗を振り返るときに、自分を責めたり他人のせいにしたりしていると、適切な学びを得ることができないように、冷静に客観性を持って振り返ってこそ、成長につなげることができる。リフレクションにおいて最も大切なことは、過去からの教訓を得て、次なる実践に活かすことだ。 ただ、作中の彼女にはそれがまだ明確に見えていないように思える。命(生)が有限であるという事実を知っていながらも、決して自身の思惑になぞらない出来事に、私たちは時として困惑し、無意識に思考と言動に矛盾した行動を取ることがあるのだ。 中盤に差し掛かり、だんだんと彼女の言動に違和感を感じ始めたとき、彼女が”あなた”と呼ぶ、花瓶を持った男性が登場する。彼女の思考と言動のちぐはぐが繊細で緊迫した空気を作り出し、事態はゆっくりと、でも着実に忍び寄ってくるー 今作で最も印象に残ったシーンは、クローズアップされた女性の瞳だった。 コンテンポラリーダンスを中心に劇場をメーンとしていた彼にとって、これまでは舞台全体の構図を熟知し、演者の躍動と観客のリアクションでその場のグルーヴ感を創り上げることが重要になっていたものが、今回は決められた画角の中でどのようにして躍動を伝えればいいのかを考えるのが楽しかったと言う。 主人公の言動とは裏腹に、うつろぐ眼や落ち着きのない手元をカットに取り入れることによって、彼女の奥深い過去と観客の深層心理を抉る不穏な空気感がそこには生まれていた。 また、今作で重要なエッセンスとなった音楽について、サウンドアーティスト・坂本真の楽曲「Yoin」が、作品と絶妙にリンクしていた。ショートフィルムの楽曲の多くは、風景の変化や物語の進行に合わせて曲調が変化することで躍動を与えるが、この楽曲は、目の前で起こる容赦ない出来事を抑揚ではなく僅かに針が振れる程度で変化をもたらしている。映像と音楽は、非常に重要で密接な関係にあるということを改めて認識させられた瞬間だった。「Yoin」が収録されている彼のアルバム「Reflection」については、以前考察レビューをアップしているので、そちらも是非チェックしてほしい。 【外部リンク】MAKOTO SAKAMOTO – Reflection 考察 【外部リンク】Keisuke Sugawara Website(画像をクリック) 「余白と”余韻”に人は何を想うのか。」このメッセージは、彼が創り出す全ての作品において、永遠のテーマでもあるように思う。 全編については、2日後の5月29日(金)に公開される彼のホームページから是非チェックしてほしい。 第二弾は「Raum」公開後に更新予定!! 菅原圭輔が初の演出・監督を勤めた本作は、キャストに神嶋里花、音楽に Makoto Sakamotoをむかえ、ある女性のモノローグ、その目線の先に見ているものに焦点を当てた11分間の短編アート作品である。 余白と”余韻”に人は何を想うのか。 *本ストリーミングは本編と特典映像を合わせた限定公開。 —————————————— タイトル:Raumキャスト:Rika Kashima http://www.anore.co.jp/rika_kashima/ Keisuke Sugawara https://www.keisuke-sugawara.com/ スタッフ:演出・監督 – Keisuke Sugawara助監督・編集 – Miho Yajima撮影 – 平野 […]

コロナの代償

コロナウイルスによる自粛期間の間に右耳のピアスの穴が完全に閉じてしまったので、通販でニードルを購入。すっかり身綺麗にすることを怠ってしまった代償だ。また、4月に控えていたビザ更新に関しても未だ外人局からの連絡を待っている状態のため、なんだか気持ちは宙ぶらりん、といった感じ。 歩みが遅いながらも、この期間中でYouTubeチャンネル、ラジオ番組の開設、またMOLS.incとして紙媒体のみでなく、ウェブにも力を入れようとドメイン開設をしたり、なんとか形になったようにも感じる。また、東京でライブストリーミングを定期的に開催している映像関係の友人と、同時刻でライブ配信が出来るコンテンツを計画中。また、個人的に映像制作の依頼も頂いたり、文筆ではなく、最近は裏方の仕事が多くなってきている。改めて、文章は毎日書き続けないと力がついてこないと実感したので、また、自分でアーティストにアポイントメントを取っていかなければなと思う。 最近はDark Jazzがお気に入り。たまに自分が制作した映像と合わせて聴くのが楽しい。 https://open.spotify.com/playlist/5oFEOnBu2JIAXJfnM3hwlh?si=lcxV6WnETF2u8y7XjO8CvA

between dream and reality

ドイツ政府は本日4月20日以降から、ブティック等の一部専門店や、小・中規模の商店の営業再開を認めた。その中で、5月3日まで3人以上の集会などを禁止、大規模イベントや音楽フェスなどの開催は8月末まで禁止するという、ベルリンに住む人々にとって、以前の生活に戻るには未だなお遠い状況とも言えるだろう。 4月19日の街の様子は、ジョギングや日光浴で心身のリラックスをする人たちや、家族や親しい友人と散歩をする姿をよく見かけるようになり、3月下旬の頃の緊迫した雰囲気と比べ、街ゆく人の表情も緩やかで、私自身、ようやく春の訪れを感じられるようになった。 さて、前回のブログでは、3月22日(日)にライブストリーミング配信を行った際の映像を公開したが、今回は、初めて自主制作した25分にも及ぶモノクロ映像を更新・紹介したいと思う。 映像を制作するにあたって、私がまず一番始めに取り掛かった作業は「自分自身を許すこと」だった。私は、ものを作るということにずっと躊躇いがあった。その一つの理由として、自分が思い描くものを形にする過程で、頭の中で創造する理想と、今の自分が実際に表現することが出来るもののクオリティー(現実)のギャップに直面するのが怖く、心底避けていたからだ。己の今の力を知るということは、時に酷く、真実を突きつけられる。その事実をどう受け入れ、いかにその恐怖と向き合うかが一番過酷なのだ。アーティストとして活躍する人たちは、日々自分との戦いなんだと思うと、何度も言うが、本当に頭が上がらない。 私は、昔の塚本晋也や石井岳龍、デヴィッド・リンチようなコントラスト比の強い、いわゆるパニック映画やパンク・カルト映画が好きで、また、ラース・フォントリアーのように、今やセンシティブなテーマを扱う非道徳な映画や、アンドレイ・タルコフスキーのような哲学的な美しさを感じられる映画が好きだ。ラース・フォントリアー監督を除くこれらの監督作品の初期作品はモノクロ映画から始まり、モノクロの映像は、時代の概念を越え、黒のコントラストが幾重にもレイヤーとなって、見る人の心理を深層へと導くのだと、勝手ながら感じるのであった。文明が栄え、8Kの映像が世間で話題になった今でも、私はアナログで粒子の荒れた荒々しい映像に、今もなお高揚感を掻き立てられるのだ。 私の中で、現実の世界と夢の世界の境界線は非常に曖昧なものだった。そんな中で、私が実際に見たものをどうやって映像に残そうかと考えた時、それは色のある世界ではなく、モノクロの世界だった。映像の核心や解説はするつもりはないが、一言伝えられるのであれば、私自身の中でこの映像は全て”事実”に基づいて制作したということだ。 今回、映像にインプロヴィゼーション(即興)で音をつけてくださったのは、サウンドアーティストとして活躍するMAKOTO SAKAMOTOさん。私の荒い映像が、見違えるほどに格好良くなり、また、レアな環境で一緒に制作出来たことを嬉しく思います。そもそもは、Keisuke Sugawaraさんとの3人での共同制作で、彼が映像と音に合わせて、これもまた即興で演じているので、出来れば「MOLS live streaming vool.1」の当日の配信動画の様子も是非ご覧いただきたい。 本当に、ありがとうございました。 映像の音源に関しては、MOLS magazineのSoundCloudページにて公開されておりますので、こちらも是非チェックしてほしいです。 実はこのライブ配信を行うにあたって、PreSonus STUDO ONEというオーディオインターフェースを手に入れた。今現在は、過去に録り溜めしていたフィールド音源を遊びではありますがミキシングしている最中です。完成次第、そちらは別のアカウントで更新予定なので、また時期がきたらご報告させていただきたいです…。  

MOLS Live Streaming Vol.1 公演を終えて

  2月から3月にかけての約一ヶ月、いや、体感速度ではもっと短い期間の中で、世界の状況は全く変わってしまいました。初め、ドイツ政府の新型コロナウイルスへの認知は、2月までは感染経路もはっきりしており、あくまでも「外から来たウイルス」のイメージが強かったのですが、3月に入り、連日報道されるニュースでは「もう、すぐそこまで近づいている」という焦燥感へと変わっていった気がします。 4月となった今もなお自粛期間は続いていますが、現在ドイツにけるコロナウイルスによる新規の感染者数は、最悪期の3分の1以下の2千人程度まで減ったようで、アパレルなどの専門店を対象に、少しずつ営業を再開するところも出てくるようです。 現在のベルリンの街を見渡すと、イタリアやフランスの外出禁止令に比べると緩やかで、人々は落ち着いて健康でいることを一番に考えているように見えます。 自主企画「MOLS」は、ベルリンに滞在するなかで初めてのチャレンジでした。 イベントを進行していく中、コロナウイルスによる世界的なパンデミックが発生し、私は幾度となくこのまま進むのか、それとも止めるのかの選択を迫られることになりました。開催日の1週間前、ドイツ政府から第一段階の自粛要請が発令され、街のレストランやカフェは営業時間を短縮しながら、国民たちに対して、徐々に社会的距離を取ることを勧めました。 政府による冷静かつ断固たる姿勢を目の当たりにした中で、「やらない」「延期する」という選択を選ぶことも出来ましたが、自分の中で逆に今ある環境で出来ることを試してみたいと思い、私は、無観客の状態でライブストリーミング配信をする方向で舵を切りました。 当時は共演したMAKOTOさん、Keisukeさんと連日コミュニケーションを取りながら、自分の中でどのようなアクションが一番良いのか、考えて、考えて、電車を乗り過ごす日々も少なくなく、今思えば、テンパっていたんだろうなと感じます。 当日の様子は今でも覚えています。 共演者の2人よりも早く到着した私は、街の静観とした風景に、未だ信じられない状態でした。ただドイツは、この危機的状況に対して永遠の権力を追求したり、他者に責任を転嫁することのなく、その逞しい姿勢に改めて気付かされることも多かったです。 撮影地として利用させていただいた「Club der polnischen Versager」では、一人で機材のリハーサルをしいていた時、スタッフUrszulaさんにとても親切にしていただきました。封鎖された街のなか、閉め切った店内で彼女と2人きり、時にプライベートなコミュニケーションを取っている時間が何よりの癒しでした。 当日は、共演いただいた2人や周りの方々のお陰もあり、沢山の方からコメントやメッセージを頂くことが出来ました。 結果として、MOLS Live Streaming Vol.1を実行したことは、私が今後動き出すために必要なアクションや計画性、自分の在り方を学ぶキッカケになったと思っています。また、こんな状況下でも、作品を生み出すということに対して日々向き合っているMAKOTOさん、Keisukeさんの姿勢を見て、心からアーティストとして生きる人を尊敬しました。 ということで、当日のライブストリーミングの様子を見やすく編集したものをアーカイヴとしてYouTubeに公開致しましたので、是非見てください! 現在はIGTVでも公開できるように只今準備中ですので、またシェアさせていただきます。 「note」でも公開しておりますので、そちらもチェックよろしくお願いいたします。 https://note.com/ari_matsuoka/n/n2608874b771e  

髪を縛る

髪を縛る時は気合を入れる時。短い髪をまとめて、少し痛いと感じるくらいまで縛る。昔からそうだった、私の中の気合を入れる時のルーチン。髪が短くても、縛る。試合前の精神統一や覚悟に似た感覚。来るべく時にタイミングはやってくるし、辛い時だからこそ、信念を持って、その壁の先にある道に進むための秘めた力強さを持っている自分を信じたい。女らしさとか男らしさとか、そんなことよりも自分らしさを追い求めていたい。困難な時こそ、まっすぐ正直で、全力で生きたい。自分の優しい部分、純粋な部分、全部守って、活かしてあげたい。 そろそろプロフィール画像も古くなってきたな。

感情のリフレクション

最近始めたことがあるんです。題して「感情のリフレクション」というんですけど、自分自身と向き合うために、一日一回30分、自分の感情や気持ちと向き合う時間を作りました。 というのも、私は今まで自分の感情を押し殺して生きてきました。自分では自覚が無く、この歳まで自分自身の感情に蓋をしたまま、開け方が分からなくなった古瓶のように、自分の気持ちが一体どこに向いているのか、対人に対して誠実に、本音で話すということがどういうことなのかさえ分からないまま、凄く悩んでいました。 幾つか例を挙げて言えば、素直に思っている感情を表現できない。本音を言いたいのに、相手を目の前にして、声が出なくなってしまったり、吃ってしまう。ディスカッションをしていて、本音でぶつかりあわないといけない場面で萎縮してしまい、相手の顔色や動向を伺うあまり人と深く関わることが出来ない、といった悩みが今もあります。 何人かから「そういうところも長所なんじゃない?」と言われることもありましたが、なんだか附に落ちず。ああ、私は変わりたいんだな、正直に自分と向き合いたいんだなと思い、このリハビリを始めました。 方法は以下の通りです。 1. What do I feel? What’s on my mind? 自分が今何を感じているか、どのような感情が心の中にあるのか、感じて書き出す。 2. What affected me the most? どのような事象が今感じている感情を生み出したのか探り、その事象が自分にとってどのような経験だったのか振り返り、書き出す。 3. What did I learn about myself? その特定の事象が自分に与えた感情を理解することで、自分がどのような性格・特徴のある人間なのか、自分自身についての学びを書き出す。 4. What did I learn about others? その特定の事象が他人の行動に与えた影響を振り返り、他人についての学びを書き出す。 5. How will I apply this learning to my life? この自分と他人についての学びを、今後の人生にどう生かしていくのか、具体的な方法を書き出す。 2019年10月、ロンドンへ旅行に出かけた時に見かけた雑貨屋さんで、「自問自答カード」というものが売っていて、興味はあったものの、その時は買わずにその店を出たのですが、ここ最近になって「もしかして今の自分に一番必要なものなんじゃないか? 」と意識するようになりました。 実際に自分が感じた感情に、真剣に向き合ってみる。こんな時間、他の人には必要のない、至って自然に出来ることかもしれませんが、私にとっては本当に歩行器から自立する幼児のような感覚に近いのです。 実践したものを例に挙げると、前回の「感情のリフレクション」はこうでした。 1. What […]

歪(いびつ)なもの

もうすぐ4月になろうとしているのに、息が白くなるほどの外気の冷たさに、思わず仕舞いかけていたお気に入りのマフラーを取り出した。今日は曇りのち雨。天気予報を確認したにも関わらず、決まって折り畳み傘を忘れて外出してしまった。そんな時、いつも「まあ、いっか」とずぼらな性格は、昔から治らない。 すっかり見慣れたベルリンの街、一定間隔の距離を開けながら目の前を歩く人と歩幅を合わせる。足並みが揃ったところで、つい頭の中でTHE BEATLES「Abbey Road」のジャケット写真を思い出す。まるで、先頭を颯爽と歩くジョン・レノンの後をついていくリンゴ・スターのようで、思わずカメラを取り出し、後ろ姿を1枚頂戴した。 人通りのない街の中をイヤホンをしながら歩くのが好きだ。今日はTom Waitsのアルバム「Closing Time」を聴きながら、すれ違う人もまた、イヤホンを着けているのを見かけて、その人が今何を感じてこの瞬間を生きているのかを少しだけ想像してみたりする。 14時過ぎ、友人宅でコーヒーを飲みながら窓の外を覗くと、まるで春に舞うポプラの綿毛のような大きな雪の粒が舞っていた。思わずベランダの外に出て大きく身を乗り出して空を見上げる。冷たい、というよりふわふわと肌に馴染んで気持ちが良かった。腕を虫取り網のように大きく横に振って、綿毛のような雪を捕まえる。服の裾にどんどんと積もってゆく様子が楽しくて、無我夢中ではしゃぐ私を見て、友人が部屋からタオルを持ってきてくれて、しょうがないなと、笑いながら私の頭に積もった雪を拭った。 ベランダから下を覗くと、自転車で走るおじさんの服の前だけ、雪がびっしりと積もっていて、リバーシブルになっていた。その光景に笑顔になっている通行人の姿を見て、なんだか泣きそうになった。今この瞬間全てが愛おしくてたまらなくて、全然寒くなかった。 私はなんでもすぐに感情的になってしまう。マイナスに働くことも沢山あるし、生きているうちで損することだって沢山ある。この性格で生きづらさを感じることも数えきれない程ある。ただ、人よりも感情の振り幅が大きいということは、幸せだと感じた時の振り幅も二倍だということを理解すると、「これが私らしさなんだな」と思える。 今日見たベランダからの雪は、今まで見た雪とは全然違った。歪な形をしていて、服に張り付いた結晶は潰れてすぐに水に変わってしまってずぶ濡れになった。でも私にとっては、今まで見た雪の中でもとりわけ美しかった。歪な形というのは”自然の形”なんだ。歪というのは”素朴”なんだ。降り注ぐ雪と自身を照らしわせて、ありのままでいることはどんなに着飾ったものよりも美しいことなんだと私に教えてくれているかのようだった。 結局、たった一時間で雪は止んでしまい、ベルリンの街に雪が積もることはなかったけれど、今日一日を名一杯感じて生きることが出来た私を誉めてあげたいと思った。一日一日、その瞬間に感じたことを大切に、目一杯生きる。

文を書くこと、映像を撮ること

Screamin’ Jay Hawkins「I Put a Spell On You」を聴きながら、誰も見ていない部屋で一人、無表情のまま踊る。ここ最近の私は、いつにいなくフリーダムだ。 Jim Jarmuschを介してScreamin’ Jay Hawkinsの存在を知ったという人は多いだろう。私もそのひとりで、20代の頃、レンタルショップで何気なくDVDを借り、初めて「STRANGER THAN PARADISE」を観たときの衝撃はいまだ忘れられない。音楽を愛する人なら誰にでも、その後の人生の方向性を決定づけるような衝撃的音楽体験というものがいくつかあると思う。私の人生のワンシーンの中で「I Put A Spell On You」との出会いは、少し多げさにも感じるが、まさにそういうものだった。 どうもこの曲の意味を探ると、女に捨てられた男の”恨み節”だそうだが、その音楽をアメリカに来た異邦人であるエヴァが、テーマソングかのように部屋でかけ流しながら無表情で踊っている姿がなんだかストレンジャーで記憶に深く残っている。作中のアメリカの風景も、白黒映画にするとそこがヨーロッパの街並みに見えてしまう不思議な感覚もまた新鮮だった。 ヨーロッパ、特にドイツの風景は白と黒が似合う。そんな自身の思いもありながら、最近は簡単だけど白黒で映像を撮ってみたり、この期間を使ってやりたいことをやっている気がする。 何かを表現したり、自分が持っている感情を形にすることは本当に難しい。いや、正確にいえば、思い描くものを形にする過程で、自分が思い描く理想と、今の自分が全力を出して表現するもののクオリティー(現実)のギャップに直面し、荒くて青い、ただのオナニーのような吐き出し物を本当に他の人の前に曝け出せるのか、というところで手が、足が、思考が止まる。 アーティストとして活動している人たちにとって、日々、いかに「今この時の、ありのままの自分を受け入れ、表現できるか」という場面で戦っている。私は文章を書く人間として、先日、初めて人に自分が’作った”ありのままの映像”を公開し、その時点でひゃ〜となっている芋野郎だ。作品を生み出すということは、生半可な気持ちでは出来ない。自分の感情に正直に生きるということは、それ相当の覚悟がいるだろう…。そう思っている私にとって、心からアーティストとして生きている人たちを尊敬した。ただそれと同時に、自分も表現者(文筆)として、映像作品を作るという違った形で新しい経験が出来たことは、今後アーティストの方へ取材する上でとてもいい気付きになった。だから、今後も映像は撮り続けたい。もっとブラッシュアップできるように、ゆっくり、ゆっくり深めていきたい。 文を書くこと、映像を撮ること、表現方法は違えど同じこと。 自分の為にやってきたことが、いつか周りの為になることを願いたい。

冬が終わろうとしている

先日、ふと夜中4時過ぎに目が覚めた。 いつもと違った、少し荒々しい風の音が窓ガラスを揺する音を聞いて「ベルリンで過ごした冬がもう直ぐ終わろうとしている」と思うと、途端に寂しくなって胸が締め付けられそうになった。 この部屋で何時間も将来について考えたり、数え切れないくらい泣いた暗く長い冬が、辛くもあったけど同時にとても愛おしい時間だったんだなと気付く。それからは、まるで最愛の人との時間を一気に取り戻すかのように、意識的に夜一人で散歩をすることが増えた。思考が巡り、悩んでも答えが出ない、そんな苦しい夜が何日続いても、ベルリンで過ごした初めての冬を忘れたくはない。 きっと私の中で、最も美しく、酷い冬だった。 ベルリンの寒さは、人や風景の感情を露わにする。目を背けていた過去と正面から向き合わざるを得ず、素肌を冷えたナイフでなぞられるような恐怖を感じることもあれば、今まで以上に人の温かさに触れ、友人が作ったケーキを食べながら、もっと一緒にいたいなと恥ずかしげもなく言えたりすることだってある。 寒ければ寒いほど、人は人で暖を取ろうと寄り添う。そんな冬が、心から愛おしい。だから、終わってしまう冬を目の前に、寂しいとは言わずに、ただシンプルに愛と敬意を持って送り出したい。いつも凄い不器用だなと思うけど、自分らしく、そう思った。 少しずつ、街を歩く人たちの服装が軽装になっていくのを横目に、私も春を迎え入れる準備をしなければいけないね。  

静と動のメドレー

師走は名前通り毎年忙しなく駆け抜けていくので、息つく間もなく年末を迎える。 今年はベルリンで年越しを迎える貴重な機会だ。ドイツ人が大好きなハッピークリスマスを過ぎたあたりから、街はまるで国境を越えたかのように、時折爆竹や花火の爆発音が鳴り、物騒な雰囲気が漂う。今年は新参者ということでその爆発音を体験してみようと思い、夜は毎年”激しい”と話題のクロイツベルク地区周辺へ撮影しにいこうと思う。今年から警察の規制が激しくなったと噂に聞くが、実態はどうなんだろうか。 さて、今年の締めくくりとして「2019年はどんな年だったか」と聞かれたら、間違いなく「寒中水泳と禅のメドレー競技を交互に繰り返している修行僧のようだった」と答えるかもしれない。これは実践したという話ではなく、あくまで例え話になるということと、”修業”とは違い精神を鍛える年だったという面でも、ここでは”修行”と使い分けたいと思う。 自分にとっては荒い行動だったが、「付き合う友人を変える」「居場所を変える」ことで、破壊的ではあるが変化を取り入れることが出来るのではないかと思った私は、ベルリンに移住することを決意した。実際、身体に直接的にショックを与えることで強靱なメンタルが得られたように感じる。 今までの自分ではあり得ないほどのスピードで変化しているので、本音を言えば、歯の1本や2本は折れている感覚に近い。だけど人間っていうものはいやはや順応的で、歯が折れてもいずれは止血するし、折れたあとの方がもっと歯を大事にしようと歯科へ定期的なメンテナンスに通おうと意識が変化するのである。 これが「寒中水泳と禅」に例えるとどうだろう。見るからに辛そうだし、初めから気持ちがいいわけはないし、どれほどイメージトレーニングをしていても、その心構えを遥かに上回る程、全身に突き刺さる痛みと寒さと動脈が収縮する(ここ息継ぎなしで口に出して欲しい)感覚に、初めは長く耐えられないだろう。私にとって、海外で暮らし、あらゆる変化に柔軟に対応する行為は、自分の体力(メンタルの強さ)を知ることにも繋がった。既にベルリンに生活し、冷水に慣れた様子で泳いでいる人々の姿を見て「気持ちよさそう」と一言、私は冷水に裸一貫で飛び込んだのだ。 結果、風邪をひいた。でも死ななかった。そう、人間は順応的なのだ。 そして寒中水泳でなんとかバタ足で50m泳ぎ切ったその先で、ベルリンスタイルに身を包んだ僧侶が警策(棒)を持って待ち構えていた。息を切らした状態で全裸で正座し、自分の心を洗い流し、不要なものを捨てる修行へと切り替わる。非常に忙しない心情のなかで、自分自身を見つめ、自我の開放を目指す。30分間、膝の痺れと震える寒さに耐え、時に警策で喝を入れられながらまた冷水の中に飛び込むのだ。 ただこのメドレー競技は拷問ではない。このメドレーには沢山の指導者がいて、寒中水泳の後には身体を摩ってくれる人がいて、冷水に浸かることで脂肪燃焼や心臓病の予防にもつながることを教えてくれた。座禅でも、ただ叩くのではなく、励ましの意味を込めて道を誤らないように方向を正してくれる僧侶を身近に持ったことがとてもラッキーだった。 この”静と動のメドレー”のお陰で、今まで近づくことの出来なかったジャンルの人たちと話すことが出来たり、SHIFTmagazineに寄稿させていただいたり、Kana MiyazawaさんとBerlin Atonal 2019の取材に同行させてもらえたり、MAKOTO SAKAMOTOさんのアルバム”reflection”について初めてライナーノーツを書かせてもらたり、ベルリンのライブハウスでイベントに出る機会を頂けたりしたんだと思う。 このように、自ら体感することが何よりの知恵だということも理解できたが、潰れてしまわないように傍で見守っていてくれる人たちに支えられた1年間だった。関係ないけど、正拳突きも簡単ではあるが習った。今後、私はもっと強くなるに違いない。 自分が書く文章について、実際に媒体を通して書いたものよりもこのブログに書いてある文章が面白いと評価してくれる人が現れたり、もう少し自分の得意な部分を活かせたらなと思う。「文筆家は自己規制してはならない」「常に頭の中を無政府状態にしておかなければならない」。この言葉は、誰にでも当てはまる訳ではないが、少なからず今の私にはとても核心に触れる言葉だった。その為には周りの情勢や歴史についてもっと学ぶ必要があると思うし、誰も考えもしなかった言葉を纏い、表現できるほどの経験が必要だなと思った。 去年の自分なら理解できなかっただろう「自身の奥にある暗くて深い闇の部分を受け入れつつ、正のパワーやオーラに変えてどう表現できるのか」が1つの大きな課題でもあるなあ。その為にも、2020年もまだまだ寒中水泳と禅のメドレーを続けつつ、魂の解放を続けていくことになるだと思う。

食欲と音楽の関係 〜Restaurant Yuumiにて〜

昨日は、オープン直前の隠れ家創作レストラン「Restaurant Yuumi」でコース料理を味わうという贅沢な体験をしたので、その余韻を引きずったまま記録している。 Nöldnerplatz駅から徒歩5分の場所に、まだ看板の灯りも無くひっそりと佇むレストラン。広く間隔をとった客席、その奥に4人掛けのカウンターが見え、店主のYutaさんと奥様のMichaelaさんが温かく出迎えてくださった。中に入ってすぐ横のハンガーラックに上着を預け、肌寒い外の空気とはうって変わり、ムーディーな音楽と温もりのある木材を基調としたインテリアに、私はすっかりと顔が火照ってしまい、席に掛けたあともしばらくはどきどきして落ち着きがなかった。 メニューは全てその日に買い付けた食材や旬の食物を使用しているらしく、体が喜ぶようなおしながきが各席の前に添えられていた。完全予約制のコンセプチュアルなレストランなので、毎日のメニューはその日来店されるお客様のご要望や体質に合わせてフレキシブルに変えていくそう。今回はそれぞれ職業分野の違った4人が集まっていい料理・いいワインを味わおうということで、始めにドイツの赤ワイン「Markus Schneider Ursprung」で乾杯をした。 カウンターに横並びで座ると、目の前に枠組みされたキッチンから料理が出来上がっていく過程が見えるようになっている。調理されてゆく食材を眺めながら、4人で自然と愛について質疑応答が始まっていた。普段このような話は恥ずかしくて苦手な私でも、何故だか今日は友人の恋愛話が聞いてみたくなり、自分も自然と話題に出した事に驚きつつ、いや、この雰囲気がそうさせるのだと感じた。空間にマッチするかのように、この夜は理想の愛について話してみたくなったのかもしれない。 奥様がコースメニューについて丁寧に説明してくださった後、美しい器に盛り付けられた料理をゆっくりと味わいながら、より深い話に進展していく。 なにより、これだけ深い話が出来る理由は4人の関係性以上に「食欲」と「BGM(音楽)」が密接に関係している気がした。 ある研究では、食事中の音楽によって食欲がコントロールされるという結果が出ている。事実、優雅な音楽やTPOに合わせたBGMは目の前の食材をより豊かで愛に満ちた一品に変化させる。店内の音楽はジャズがメインとなり、エラ・フィッツジェラルドやカウント・ベイシー・オーケストラ、ジュリー・ロンドンなどが流れ、まるでそこがベルリンだということを忘れてしまうほど。 私はロマンチックな演出にめっぽう弱い。美味しい食事と愛を謳った音楽があれば、一瞬で恋に落ちてしまうかもしれない。そういった意味でこのレストランは、これから数多くの愛が生まれる場所になるのだろう。そう思いながら、ま新しい食器やグラス、大きな木目のテーブルに目をやり、誰かの幸せそうな顔を思い浮かべた。 料理や流れる音楽に合わせて、会話の流れも流動的に変化していくことが楽しくて、私はただ周りの空気を思いっきり吸い込んで五感で「贅沢な時間」を味わった。 店主と奥様の人柄を見て、どれほどこのお店が愛情込めて作られたものなのかは一目でわかる。 愛情を受けて育ったお店には、愛情を持ったお客様で溢れかえるに違いないよなぁ。 食欲が満たされたと同時に心も満たされ、自然と周りの人へ感謝をしたくなる、そんな場所。全ての料理が終わった頃にはすっかり4人ともYutaさんの魅力にハマってしまい、Yutaさんが奥様に照れながら「見た目には自信はないけど、ハートは誰よりも熱いから」と話していた姿が忘れられない。 帰り道、先ほどの幸せだった余韻に浸りながら、駅に向かう時間でさえも愛おしく感じ、少し早いけど自分へのいいクリスマスプレゼントになったなと思った。 なんとなく、この気持ちを忘れたくないと思ったので、自分なりにこのレストランの雰囲気に合ったプレイリストを作ったので、これを聴きながら想像して欲しい。そして、来週末晴れてオープンするベルリンの新しいホットスポットに是非訪れて欲しい。 “Restaurant Yuumi” Berlin Nöldnerplatzにあるフレンチ×日本食の創作レストラン”Restairant Yuumi”のコース料理をイメージしたプレイリストです。 https://open.spotify.com/playlist/5UWTimPru5CesboMNvxef4?si=yH-KdPdkTtSdb-esSpWjGQ   Restaurant Yuumi Emanuelstr 1 10317 Berlin https://www.restaurantyuumi.com