documentary and culture magazine

寂しさの裏を知る

ちょうどさっき、日本からベルリンに滞在していた友人をテーゲル空港まで送り届け自宅に着いた。アパートのエントランスを抜ける前にポストの中身を確認すると、ちょうどさっき空港へ送り届けた友人からのポルトガルで書いたであろうポストカードが届いていた。ほんの数時間前までここで一緒に朝食を取っていた光景を思い出し、また別れのハグで少し目が潤んでしまったこともあって、私はそのポストカードと唯一日本から持ってきた大きな抱きぐるみを抱え、ナンニモナイ空虚な部屋で感情のままに泣いた。

友人が滞在していた2週間は、私自身、ベルリンの気候の変化や感情の変動が目まぐるしく、友人が観光から帰ってきても背中を向けてパソコンをずっと触ってばかりで、ゆっくりと話すことも出来ないでいた。自分は家族以外で人と一緒に生活をした試しがなく(4歳の頃から風呂場には一人で入り鍵を閉めるほど一人の空間が大事な人間だった)、自分自身を追い込むときに出る空気感やあらゆる感情に揉まれる私をみて、彼女は心から安堵して滞在することが出来たのだろうかとか、色んなことを考え込んでしまった。

失恋や別れの何がこんなに悲しいのかって、相手を失った喪失感というよりは、自分の身体の一部が欠けてしまった事に対する痛みなんだと思っている。勿論それがほんの数回しか面識のなかった友人であっても、そこにドラマが生まれれば、それは自分の細胞の一部になる。

送り届けた帰り道、私はいよいよ本当に自分自身と対面し真剣に向き合わないといけない時が来たと思い、別れの悲しさとこれからのベルリンでの生活に対するプレッシャーに押しつぶされそうになっていた。これまでは「人が家にいるから」という理由で少し自分に対して甘えの対象があった分、また一人の生活に戻ったことでギアを切り替えて行動していかなくてはいけなくなった。その時、自分では気付いていなかった「ああ、私は間接的に友人に甘えていたんだな」という感情が冬の衣服に滲んで濡らし、ひやっとなってまた涙がでそうになった。

寂しいと思うとき、人間だれしもその感情には裏があるんだと思う。

今回の自分のケースも、ただ単に友人が日本に帰ってしまったことに対する「寂しさ」というシンプルなものだけではなく、その先の生活に対する「恐怖心」や「劣等感」、またそこから派生して日本に残る家族に対する自分勝手な罪悪感など、複数の場面がリンクして「寂しい」は生まれるんだと知った。私の寂しいという感情は、依存心ではなくその奥にある別の感情から成るものであり、究極、その答えは「自己肯定の低さ」に現れるというところまで行き着いた。ただそれもポジティブに考えれば、自分の選択した道順に沿って周りの意見よりも自分の五感と直感を大切に生きているということにも繋がる。

ただ自己肯定の低さを認識しているということは、どこかで何かに依存しているものがあるはずだと。そういう思考までは分析できてもその先はまるで自分でも触れたくないかの如く、蓋を閉め切ったまま自らもそれ以上詮索しなかった。だから、私は人と常に60%のパワーで付き合っていくことを心がける。もしかして、この比率を間違って、相手に対して愛着を持ってしまい90%のパワーで接してしまったらとか、その先の自分のリアクションも把握が出来るから、私は一人でいるということも…分かっているんだな。お前も大変だな。

ポストカードで別れの挨拶なんてずるいよ。ポルトガルの風景を切り取ったポストカードの裏には、たった数行だけだけどとても大きな愛情を感じてとても嬉しかったよ。この複雑な私の感情も過去も、全て認めてあげることができたらいいよね。ありがとう。

 

 


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